「北海道 札幌市 東区 丘珠町」について
| 郵便番号 | 〒007-0880 |
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| 住所 | 北海道 札幌市 東区 丘珠町 |
| 読み方 | ほっかいどう さっぽろしひがしく おかだまちょう |
| この地域の 公式HP |
※「札幌市」は、政令指定都市です。
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| 地図 | |
| 地方公共 団体コード |
01103 |
| 最寄り駅 (基準:地域中心部) |
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| 周辺の施設、 ランドマーク等 |
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- 「北海道 札幌市 東区 丘珠町」の読み方は「ほっかいどう さっぽろしひがしく おかだまちょう」です。
- 「北海道 札幌市 東区 丘珠町」の郵便番号は「〒007-0880」です。
- 「北海道 札幌市東区」の地方公共団体コードは「01103」です。
「丘珠町」の概要 from Wikipedia
丘珠町(おかだまちょう)は、北海道札幌市東区にある地名。
概要
この地区は主にタマネギの栽培が盛んであり「札幌黄」や「さつおう」などを生産している。
地区の西側には丘珠空港があり、東側にはサッポロさとらんどやミルクの郷がある。
明治時代にはこの一帯は森林地帯で、1878年には開拓民らがヒグマに殺傷される事件が起こった(札幌丘珠事件)。現在はヒグマは生息しない(札幌市内で生息するのは手稲区・西区・中央区・南区・豊平区・清田区の山沿い)。
1945年の北海道空襲において、札幌郡内で唯一死傷者が出た地域。男が刀を散らばした処
永田方正の『北海道蝦夷地名解』によれば、丘珠の旧名はアイヌ語でオクカイ・タム・チャラパ (okkai tam charapa) といい、日本語訳を「男の刀を落としたる処」としている。この前半部分から「オカタマ」という地名が採られた。
旧名後半の「チャラパ」に関して、山田秀三は『アイヌ語地名の研究』の中で「『撒く、撒き散らす』ということだそうで、何だか意味が続かない。何か特別の伝承でもあった地名であろう」と述べている。アイヌ語研究者の切替英雄もまた、単に「落とす」ならば「ハチレ」という語があると指摘し、旧名の正確な意味は「男が刀を散らばす」であると語っている。
なお、昭和初期に岡島伊三郎が伏籠川東岸のタマネギ畑で農作業中、土中から2振りの赤さびた刀を発見した。長さはそれぞれ45センチメートルと、38センチメートル。「いわくのあるものかもしれない」と考えた岡島は、刀を自宅の神棚のそばに保管し、やがて札幌村郷土記念館ができたとき、息子に言って寄贈させた。この2振りは、地名にまつわる出土品として同記念館で展示されている。オカタマからオカダマへ
1870年(明治3年)、酒田県からの入植者によって一帯の開拓が始まったとき、開拓使が集落に付けた名称は庚午二ノ村であった。庚午(かのえうま)の年にできた、2番目の村という意味。翌1871年(明治4年)の5月に、丘珠村と改称されたが、『細大日記』に記載された読み方は「ヲカタマ」であり、濁音は入っていない。60年以上経った1937年(昭和12年)の大字廃止に関する公文書でも、やはり「オカタマ」となっている。
それが、札幌飛行場(丘珠空港)の建設工事が始まって、外部から多くの人が出入りするようになると、「オカタマ」より発音しやすい「オカダマ」の読み方が広まってきた。決定的だったのは1945年(昭和20年)の敗戦で、飛行場に進駐してきたアメリカ軍が地図や標識を作成したとき、表記はすべて "OKADAMA" とされた。以後はいつしか地元の人まで「オカダマ」と呼ぶようになった。
1955年(昭和30年)に札幌村が札幌市に合併される際、上記の経緯を追認する形で「オカダマ」という濁音入りの表記をもって公示がなされた。地理
札幌市の北東部に位置し、市の中心部から丘珠町の南端までは直線距離で4600メートルほど、町の北部まで含めても札幌市の6キロ圏内にある。
北は北区の篠路町上篠路と接し、また市街地化区域は北丘珠として切り分けられている。西は栄町、南は元町や伏古、東苗穂、東は中沼町と隣接する。
地域の西部を伏籠川が北へ流れ、東部にはかつて伏籠川と結んでいた川跡が馬蹄型に残ってモエレ沼と呼ばれている。鉄道
栄町駅(最寄り駅)
道路
北海道道112号札幌当別線/北海道道273号花畔札幌線/北海道道431号丘珠空港線/北海道道1137号丘珠空港東線
空港
札幌丘珠空港
高等学校
北海道札幌丘珠高等学校(北丘珠1-1)
中学校
札幌市立丘珠中学校(丘珠町674)
小学校
札幌市立丘珠小学校(丘珠町593)
参考文献
『丘珠百二十年史』丘珠開基百二十周年記念事業協賛会、1991年3月25日。
外部リンク
札幌市東区