「東京都 大田区 北糀谷」について
| 郵便番号 | 〒144-0032 |
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| 住所 | 東京都 大田区 北糀谷 |
| 読み方 | とうきょうと おおたく きたこうじや |
| この地域の 公式HP |
※「東京都大田区」は、東京特別区です。
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| 地図 | |
| 地方公共 団体コード |
13111 |
| 最寄り駅 (基準:地域中心部) |
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| 周辺の施設、 ランドマーク等 |
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- 「東京都 大田区 北糀谷」の読み方は「とうきょうと おおたく きたこうじや」です。
- 「東京都 大田区 北糀谷」の郵便番号は「〒144-0032」です。
- 「東京都 大田区」の地方公共団体コードは「13111」です。
- ■f03: 丁目を有する町域。
- 郵便番号を設定した町域(大字)が複数の小字を有しており、各小字毎に番地が起番されているため、町域(郵便番号)と番地だけでは住所が特定できない町域。
「北糀谷」の概要 from Wikipedia
北糀谷(きたこうじや)は、東京都大田区の町名。現行行政地名は北糀谷一丁目及び北糀谷二丁目。住居表示実施済区域。
地理
東京都大田区の南東部に位置する。北辺は大森中に接する。東辺は国道131号(産業道路)に接し、これを境に大森南になる。南辺は呑川に接し、これを境に西糀谷になる。西辺は東蒲田に接する。用途地域では、産業道路沿いを除く全域が準工業地域となっている。
多摩川氾濫・高潮では、ほぼ全域で0.5メートル以上3メートル未満の浸水が想定されている。
液状化危険度は全域が「高い」または「やや高い」。町名の変遷
1932年(昭和7年)10月1日の東京市蒲田区発足時に糀谷町があったが、当該地域は現在の北糀谷に含まれない。
現在の北糀谷・東蒲田・大森中は、住居表示実施の際に統合して新たに一つの町名を付ける大田区案があったが、住民の反対により廃案となった。
北糀谷町/1932年9月30日までは羽田町大字糀谷の一部であった。1932年10月1日東京市蒲田区発足と同時に北糀谷町となる。
1934年(昭和9年)から1940年(昭和15年)の間に、南西部を糀谷町三丁目(のち東糀谷一丁目)へ編入する。
1964年(昭和39年)から1969年(昭和44年)にかけて住居表示が行われ、東糀谷一丁目、北糀谷一・二丁目、東蒲田二丁目、西糀谷一・二丁目、大森南一・二丁目となった。
北糀谷一丁目/1969年9月1日の住居表示実施に伴い、大森七丁目と北糀谷町の各一部が北糀谷一丁目となった。
北糀谷二丁目/1969年9月1日の住居表示実施に伴い、北糀谷町の一部が北糀谷二丁目となった。
住居表示実施前日まで存在していた「北糀谷二丁目町会」とは関係がない。年表
1876年(明治9年)4月25日 - 糀谷村に二十五番糀谷学校(現:大田区立北糀谷小学校)が開校する。
1917年(大正6年)10月1日 - 台風による高潮のため、30センチメートルの浸水被害を受ける(大正6年の高潮災害)。世帯数と人口
2024年(令和6年)4月1日現在(東京都発表)の世帯数と人口は以下の通り。
人口の変遷
国勢調査による人口の推移。
世帯数の変遷
国勢調査による世帯数の推移。
学区
区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる(2023年3月時点)。なお、一丁目・二丁目とも距離的には大田区立東蒲(とうほ)中学校の方が近い位置に所在するが、東蒲(とうほ)中学校は通学先に指定されていない。
事業所
2021年(令和3年)現在の経済センサス調査による事業所数と従業員数は以下の通り。
事業者数の変遷
経済センサスによる事業所数の推移。
従業員数の変遷
経済センサスによる従業員数の推移。
交通
町域内に鉄道駅はないが、西側にあたる京急本線梅屋敷駅や京急蒲田駅のほか、大森駅や蒲田駅からのバス路線の利用がある。
施設
大田区立北糀谷小学校/東京バイオテクノロジー専門学校/大田区立北糀谷一丁目公園/大田区立旧呑川緑地 - 北端の大森中との境界部にあたり、桜並木がある。
気球製作所/子安八幡神社 - 旧下袋村(現北糀谷・大森南付近)村社日本郵便
郵便番号 : 144-0032(集配局 : 蒲田郵便局)。
参考文献
『糀谷の今昔 言い伝え聞き伝え 附 災害体験記』糀谷今昔記編集特別委員会、1981年9月1日。
外部リンク
大田区