「栃木県 日光市 土呂部」について
| 郵便番号 | 〒321-2714 |
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| 住所 | 栃木県 日光市 土呂部 |
| 読み方 | とちぎけん にっこうし どろぶ |
| この地域の 公式HP |
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| 地図 | |
| 地方公共 団体コード |
09206 |
| 最寄り駅 (基準:地域中心部) |
− |
| 周辺の施設、 ランドマーク等 |
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- 「栃木県 日光市 土呂部」の読み方は「とちぎけん にっこうし どろぶ」です。
- 「栃木県 日光市 土呂部」の郵便番号は「〒321-2714」です。
- 「栃木県 日光市」の地方公共団体コードは「09206」です。
「土呂部」の概要 from Wikipedia
土呂部(どろぶ)は、栃木県日光市の大字。面積は約6.1km2、住民基本台帳に基づく2026年(令和8年)4月1日現在の人口は23人。郵便番号は321-2714。
標高925mの地点に気象庁のアメダスが設置されている。平年の年平均気温は8.0度、年平均降雪量は365cmに達し、「関東で一番寒い」とも評される。江戸時代から茅場として利用され、未来に残したい草原の里100選に選ばれている。地理
日加倉山の東に位置し、鬼怒川支流の土呂部川が南流する。湯西川から土呂部峠を越えて土呂部や黒部に至る往還は、鬼怒川沿いに形成された「表栗山」の集落と、湯西川に沿って形成された「裏栗山」の集落とを結ぶ重要な経路であった。上土呂部、下土呂部、小土呂部の3つの地区からなる。
地名の由来は、ミズバショウの繫茂するような湿原があることによるとされる。気候
年平均気温は8.0度で、平年値では猛暑日が0.0日、真夏日が5.4日、夏日が49.5日、真冬日が22.9日、冬日が162.8日となり、12月から2月にかけて日平均気温が0度を下回る。最低気温は1984年2月と1985年1月に-19・5度を記録した。また、平年の降雪量は年間365cm、積雪は74cmで、月の最深積雪が1mを超えることもある。「関東で一番寒い」「関東地方で最も寒さが厳しい」とも評される。
夏でも気温が低く、「夏はクーラーがいらない」とも言われる。また、県内全域において暑さ指数(WBGT)が35以上と予測される場合に発表される熱中症特別警戒アラートに関して、2026年(令和8年)度以降、「観測点のうちWBGT観測値について同都道府県庁所在地の観測点との相関が強いものの、その観測値の「差の平均」が都道府県庁所在地を大きく下回る地点」として、発表時の予測対象から除かれた13県24地点の一つ。近世
近世はおおむね日光領で、寛文6年(1666年)の日光領総検地により、畑・屋敷のみ反別29町6反余、高60石余が確定したとされる。江戸時代末期には飢饉などの影響もあり、上土呂部に6戸の家しか残らなかったとされる。
近代
1871年(明治4年)4月、塩谷郡栗山郷の10ヵ村は宇都宮県に属することとなり、1873年(明治6年)6月15日には栃木県の管轄となった。1889年(明治22年)の町村制施行により、土呂部村は野門村・湯西川村・西川村・黒部村・川俣村・上栗山村・日陰村・日向村と合併し栗山村となる。この時、各村々は大字に改められ、区長を置くこととなった。
明治のはじめに6戸、大正期に10戸、昭和初期に24戸、平成初期には30戸と家が増え、主に分家出しと外部からの移住により数が増えたとされる。土地が狭いため、分家出しは二軒まで、孫分家は禁止されるという状況が長く続いたという。
1993年(平成5年)4月には土呂部キャンプ場がオープンした。教育
1892年(明治25年)に栗山村立日向尋常小学校が誕生し、翌1893年(明治26年)6月、土呂部に分教場が設置されるも、1903年(明治36年)に廃止された。1924年(大正13年)3月、改めて栗山尋常高等小学校の分教場が設置され、1947年(昭和22年)4月には栗山村立栗山小・中学校の土呂部分校となる。
1974年(昭和47年)4月に土呂部分校は閉鎖され、栗山小学校・栗山中学校へ統合された。その後両校は日光市立栗山小中学校への統合を経て、2023年(令和5年)3月末に閉校となり、栗山小学校は鬼怒川小学校へ、栗山中学校は藤原中学校へ、それぞれ統合された。人口
1960年代に200人に達していた人口は、23人にまで減少している。
自然環境
草原が広がる土呂部では、刈り取ったススキなどを円錐状に積み上げた「茅ボッチ」で乾燥させ、11月初旬に回収し、冬場の牛の飼料や牛舎の敷き草として利用してきた。
草原は1948年には推定で100ha以上あったが、高度経済成長期以降、急速に縮小し、1976年には約20ha、2022年時点では3カ所で約5haまで狭まった上、茅葺屋根や肥料、牛馬の飼料などの使い道も減った。草原がなくなることを危惧し、「日光茅ボッチの会」が2013年に立ち上がり、地元住民から管理を任されて保全に取り組んでいる。管理された採草地が県内には土呂部しかないとされ、絶滅危惧種のムラサキをはじめ、希少植物が多くみられる。
土呂部は県内唯一のミズバショウの自生地で、県内でも旧栗山村の別の場所や那須塩原市にもあった自生地はシカの食害で消え、土呂部が県内最後の自生地となっている。群生地は食害を防ぐためのフェンスで囲まれ、木道が設置されており、散策することができる。
また、周辺にはイタヤカエデが自生しており、その樹液を活用して、2017年からメープルシロップの生産が行われている。寒すぎると樹液が出ないことから、生産は2月から行われる。農業
土呂部を含む旧栗山村域は、高冷地で夏場も気温が上がらず、水温が低いことから稲作に適さず、土呂部では一部が自家用に米作りをしたとの伝承が残るものの、水が冷たく土壌が悪かったことから、実が入らなかったり味が良くなかった為、長続きしなかった。かつては大根の栽培や牛の肥育が盛んだったという。
漁業
養魚場と釣り堀があり、食事処も併設されている。
発電事業(土呂部ダム)
土呂部ダムは、1963年(昭和38年)に築造された重力式コンクリートダムで、栗山発電所(出力42,000kW)の調整池として、東京電力リニューアブルパワーが管理する。堤高は21.6m、堤頂長は56.0m、総貯水容量は22万5千m3。
交通
域外からのアクセス経路は栃木県道249号黒部西川線のみで、北は湯西川、南は黒部へとつながる。ただし、土呂部の木戸沢橋から湯西川の三河沢橋までの11.5kmの区間は、冬期に通行止めとなる。
参考文献
栗山村誌編さん委員会 編『栗山村誌』栗山村、1998年3月31日、501頁。 NCID BA37208498。