「新潟県 新潟市 江南区 姥ケ山」について
郵便番号 | 〒950-0923 |
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住所 | 新潟県 新潟市 江南区 姥ケ山 |
読み方 | にいがたけん にいがたしこうなんく うばがやま |
この地域の 公式HP |
※「新潟市」は、政令指定都市です。
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地図 | |
地方公共 団体コード |
15104 |
最寄り駅 (基準:地域中心部) |
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周辺の施設、 ランドマーク等 |
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- 「新潟県 新潟市 江南区 姥ケ山」の読み方は「にいがたけん にいがたしこうなんく うばがやま」です。
- 「新潟県 新潟市 江南区 姥ケ山」の郵便番号は「〒950-0923」です。
- 「新潟県 新潟市江南区」の地方公共団体コードは「15104」です。
- ■f03: 丁目を有する町域。
- 郵便番号を設定した町域(大字)が複数の小字を有しており、各小字毎に番地が起番されているため、町域(郵便番号)と番地だけでは住所が特定できない町域。
- ■f04: 一つの郵便番号で二以上の町域
- 一つの郵便番号で複数の町域をまとめて表しており、郵便番号と番地だけでは住所が特定できないことを示す。
「姥ケ山」の概要 from Wikipedia
姥ケ山(うばがやま)は、新潟県新潟市中央区および江南区の町字。現行行政地名は姥ケ山一丁目から姥ケ山六丁目と大字姥ケ山で、大字姥ケ山の一部は江南区に属する。住居表示は一丁目から六丁目が実施済み区域、大字が未実施区域。郵便番号は950-0923。
概要
1889年(明治22年)から現在までの大字。及び1985年(昭和60年)から現在までの町名。鳥屋野潟南部の低い砂丘上に位置する。
もとは1889年(明治22年)まであった姥ヶ山新田の区域の一部で、地名の由来については、鳥屋野に滞留中の親鸞のもとに熱心に通う老婆の信心深さに感心した親鸞が、老婆の住む家の一帯を「姥ヶ山」と名付けたという伝承が残る。隣接する町字
北から東回り順に、以下の町字と隣接する。
中央区京王/中央区山二ツ/江南区鵜ノ子/中央区鵜ノ子/中央区亀田早通/中央区美の里/中央区亀田早通/江南区亀田早通/江南区長潟/中央区長潟/中央区南長潟/中央区長潟/中央区弁天橋通歴史
1629年(寛永6年) : 鍋潟新田を親村として開発。
分立した町字
1889年(明治22年)以後に、以下の町字が分立。
弁天橋通 (べんてんばしどおり)/1985年(昭和60年)に、姥ケ山の一部が改称してできた町名。地名は弁天橋にちなむ。
京王 (けいおう)/1985年(昭和60年)に、姥ケ山の一部が改称してできた町名。地名は宅地開発した京王不動産にちなむ。
高志 (こうし)/1985年(昭和60年)に、姥ケ山の一部が改称してできた町名。地名は新潟市立高志高等学校にちなむ。
美の里 (みのり)/1985年(昭和60年)に、姥ケ山の一部が改称してできた町名。地名は団地名にちなむ。年表
1889年(明治22年)4月1日 : 合併により山潟村の大字となる。当初は姥ヶ山新田と称した。
1901年(明治34年)11月1日 : 合併により石山村の大字となる。
1943年(昭和18年)5月3日 : 合併により新潟市の大字となる。
1985年(昭和60年) : 一部が姥ケ山1~6丁目となる/2007年(平成19年)4月1日 : 新潟市の政令指定都市移行により、中央区及び江南区の大字となる。世帯数と人口
2018年(平成30年)1月31日現在の世帯数と人口は以下の通り。
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる。
交通
域内を南北に国道49号亀田バイパスが通過し、姥ヶ山インターチェンジが設置されているほか、姥ケ山の南端を通過する日本海東北自動車道の新潟亀田インターチェンジは、敷地の一部が江南区姥ケ山にかかっている(亀田バイパスと連絡)。また、東西に新潟県道290号曽野木一日市線が通過している。
脚注
注釈/出典
参考文献
角川日本地名大辞典 編纂委員会『角川日本地名大辞典 15 新潟県』(株)角川書店、1989年10月8日。ISBN 4-04-001150-3。 /『新潟市合併町村の歴史 第4巻 中蒲原郡から合併した町村の歴史 下』新潟市、1986年2月28日。 /『新潟歴史双書 8 新潟の地名と歴史』新潟市、2004年3月31日。
関連ページ
【参考】
町域名に「姥ケ山」が含まれている住所一覧
- 同じ町域内で複数の郵便番号がある場合、別々にリスト表示しています。