「埼玉県 川口市 安行北谷」について
郵便番号 | 〒334-0054 |
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住所 | 埼玉県 川口市 安行北谷 |
読み方 | さいたまけん かわぐちし あんぎょうきたや |
この地域の 公式HP |
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地図 | |
地方公共 団体コード |
11203 |
最寄り駅 (基準:地域中心部) |
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周辺の施設、 ランドマーク等 |
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- 「埼玉県 川口市 安行北谷」の読み方は「さいたまけん かわぐちし あんぎょうきたや」です。
- 「埼玉県 川口市 安行北谷」の郵便番号は「〒334-0054」です。
- 「埼玉県 川口市」の地方公共団体コードは「11203」です。
「安行北谷」の概要 from Wikipedia
安行北谷(あんぎょうきたや)は、埼玉県川口市の大字。郵便番号は334-0054。また草加市に北谷および北谷町と称する町丁があり、旧草加町時代に安行北谷の一部を編入した経緯から、これらの地名がある。もとは江戸期より存在したひとつの北谷村であった。
地理
川口市の東部の大宮台地(鳩ヶ谷支台)の南端に位置する。東部で草加市北谷と隣接する。南側で草加市小山、西側と北側で安行原と隣接する。地内に西部を見沼代用水(東縁)の分水路である赤堀用水路が流れる。ほぼ全域が宅地化され、戸建の住宅が立ち並ぶ。
沿革
もとは江戸期より存在した足立郡に属する北谷村であった。
はじめは幕府領で、後の寛永年間頃に知行は関東郡代伊奈氏となる。なお、検地は1639年(寛永16年)および1678年(延宝6年)に実施。
1792年(寛政4年)より伊奈氏が失脚となり、再び幕府領となる。
幕末の時点では足立郡に属し、明治初年の『旧高旧領取調帳』の記載によると、幕府領(代官・佐々井半十郎支配所)。
1868年(慶応4年)6月19日 - 幕府領が武蔵知県事・山田政則(忍藩士)の管轄となる。
1869年(明治2年)/1月13日 - 武蔵知県事・河瀬秀治の管轄区域に小菅県を設置、県庁は葛飾郡小菅村に置かれる。
1871年(明治4年)11月13日 - 第1次府県統合により埼玉県の管轄となる。
1879年(明治12年)3月17日 - 郡区町村編制法により成立した北足立郡に属す。郡役所は浦和宿に設置。
1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い、安行、赤山領領家、原、慈林、北谷、苗塚、小山、花栗、藤八新田、吉蔵新田の8箇村2新田が合併し、安行村が成立。北谷村は安行村の大字北谷となる。
1956年(昭和31年)4月1日 - 安行村が川口市に編入され、大字北谷は川口市の大字となり、安行北谷に改称。
1957年(昭和32年)5月1日 - 川口市と草加町(現・草加市)との境界変更により、安行北谷の一部が草加町に編入。草加町安行北谷(現在の草加市北谷および北谷町)が成立。世帯数と人口
2018年(平成30年)3月1日現在の世帯数と人口は以下の通り。
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区(校区)は以下の通りとなる。
交通
地区内に鉄道は敷設されていない。最寄駅は東武伊勢崎線(東武スカイツリーライン)獨協大学前駅。
道路
地内に国道および主要地方道・一般県道は通っていない。
寿橋通り施設
安行北谷町会会館/城北信用金庫峯新堀支店 安行出張所/安行北谷公園
参考文献
「角川日本地名大辞典」編纂委員会『角川日本地名大辞典 11 埼玉県(増補版)』角川書店、1980年7月8日。ISBN 4040011104。 /『「街の達人」でっか字埼玉便利情報地図2013年2版2刷』昭文社、2013年、53頁。ISBN 978-4-398-60135-3。 /「北谷村」『新編武蔵風土記稿』 巻ノ139足立郡ノ5、内務省地理局、1884年6月。NDLJP:763997/101。
関連項目
埼玉県第2区
外部リンク
川口市ホームページ