郵便番号 437-0201
住所 静岡県 周智郡 森町 嵯塚
読み方 しずおかけん しゅうちぐんもりまち さづか
この地域の
公式HP
地図

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地方公共
団体コード
22461
最寄り駅
(基準:地域中心部)
  • 静岡県 周智郡 森町 嵯塚」の読み方は「しずおかけん しゅうちぐんもりまち さづか」です。
  • 静岡県 周智郡 森町 嵯塚」の郵便番号は「437-0201」です。
  • 静岡県 周智郡森町」の地方公共団体コードは「22461」です。

「嵯塚」の概要 from Wikipedia

…(1,431文字)

嵯塚(さづか)は、静岡県周智郡森町にある大字。

地理

静岡県周智郡森町の北東端に位置する。三角形のような形状の大字。嵯塚の北西端は大日山の山頂にほど近く、南方には大尾山が位置している。大日山の山麓に位置していることから、領域のほとんどが山林に覆われている。
近隣には大字の名称と集落の名称とが一致しない地が散見されるが、嵯塚においては大字としての住所表記は「嵯塚」と記され、集落としても同じく「嵯塚」と呼称される。なお、集落としての嵯塚は、森町の町内会である「嵯塚町内会」を形成している。

山岳

大日山/大尾山

河川

タイラ沢

歴史

森町の大字である「嵯塚」は、もともとは自然村である遠江国佐野郡炭焼村の一部であった。炭焼村は、山内氏領となったが、江戸時代に入ると掛川藩領となった。内山真龍の『遠江国風土記伝』によれば、当時の石高は17石9斗8合であったとされる。当時の炭焼村の地名については史料によってさまざまな表記がなされている。たとえば、『遠江国風土記伝』では「宮箇島」、「中津賀」、「佐賀野」の3つと表記しており、斎田茂先と山本忠英の『掛川誌稿』では「明ヶ島」、「香折」、「嵯峨野」、「中塚」の4つと表記している。『角川日本地名大辞典』では「明ケ島」、「香折」、「嵯峨野」、「中塚」の4つと表記している。同書によれば、嵯峨野と中塚の鎮守社は八幡社とされており、明ケ島と香折の鎮守社は天王社とされている。また、同書によれば、嵯峨野と中塚の檀那寺は東光寺とされており、明ケ島と香折の檀那寺は近隣の萩間村にある昌光庵とされている。明治元年には駿府藩領となり、明治2年には静岡藩領となった。この炭焼村の一部が、のちの大字としての「嵯塚」に該当する。
町村制が施行された1889年(明治22年)に炭焼村は大和田村、萩間村、丹間村、孕石村、居尻村、黒俣村と合併することになり、原泉村が発足した。その際に従来の自然村は大字とされることになり、原泉村の大字として「炭焼」が設置された。ところが1956年(昭和31年)9月に原泉村は分割されることになり、原泉村の炭焼の一部のみが周智郡森町に編入され、炭焼の残部は原泉村の他の大字とともに三笠村に編入された。その結果、隣接する町村の双方に「炭焼」が並存することになった。同年10月に森町の大字である炭焼は「嵯塚」に改称したため、炭焼は三笠村のみとなった。

沿革

1871年 - 佐野郡が静岡県に移管。
1871年 - 佐野郡が浜松県に移管。
1876年 - 佐野郡が静岡県に移管。
1889年 - 静岡県佐野郡大和田村、萩間村、丹間村、孕石村、居尻村、黒俣村、炭焼村が合体して原泉村を設置。原泉村の大字として炭焼を設置。
1896年 - 静岡県佐野郡、城東郡が合体して小笠郡を設置。
1956年 - 静岡県小笠郡原泉村が分割され、周智郡森町が一部を編入し、小笠郡三笠村が残部を編入。森町の大字として炭焼を設置。
1956年 - 静岡県周智郡森町炭焼が嵯塚に改称。

世帯数と人口

2026年(令和8年)2月28日現在の世帯数と人口は以下の通り。

事業所

2021年(令和3年)現在の事業所数と従業員数は以下の通り。

郵便

郵便番号:437-0201(集配局:森町郵便局)

警察

警察の管轄区域は以下の通り。

消防

消防の管轄区域は以下の通り。

自衛隊

陸上自衛隊の管轄区域は以下の通り。

関連項目

原泉村/炭焼 (掛川市)

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