「東京都 中央区 東日本橋」について
郵便番号 | 〒103-0004 |
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住所 | 東京都 中央区 東日本橋 |
読み方 | とうきょうと ちゅうおうく ひがしにほんばし |
この地域の 公式HP |
※「東京都中央区」は、東京特別区です。
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地図 | |
地方公共 団体コード |
13102 |
最寄り駅 (基準:地域中心部) |
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周辺の施設、 ランドマーク等 |
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- 「東京都 中央区 東日本橋」の読み方は「とうきょうと ちゅうおうく ひがしにほんばし」です。
- 「東京都 中央区 東日本橋」の郵便番号は「〒103-0004」です。
- 「東京都 中央区」の地方公共団体コードは「13102」です。
- ■f03: 丁目を有する町域。
- 郵便番号を設定した町域(大字)が複数の小字を有しており、各小字毎に番地が起番されているため、町域(郵便番号)と番地だけでは住所が特定できない町域。
「東日本橋」の概要 from Wikipedia
東日本橋(ひがしにほんばし)は、東京都中央区の町名。現行行政地名は東日本橋一丁目から東日本橋三丁目。郵便番号は103-0004。
概要
日本橋地域の北東に位置し、台東区(浅草橋・柳橋)・墨田区(両国)との区境に当たる。清洲橋通りを挟み、西側は問屋街、東側は商業地と住宅地が混在する区域。日本橋久松町に所在する久松警察署、日本橋兜町に所在する日本橋消防署の管轄に当たる。清杉通りを挟み、西側は問屋街、東側は事業所と住宅とが混在している。
河川・橋梁
隅田川 - 両国橋が架かる。
神田川 - 浅草橋・柳橋が架かる。歴史
現在の東日本橋に当たる区域は、江戸開府以来交通の要所として栄え、歓楽街であった。史跡も数多く残る。明治時代までは薬研堀があり、その大川口には元柳橋が架けられていた。古典落語などに度々登場する伝統的な区域。近世以前の「両国」は隅田川西岸の大橋西詰に当たるこの付近を指していた。かつては両国広小路が置かれていた地であり、現在は記念碑が設置されている。現在の中央区日本橋地域、東京市時代の日本橋区が公的に日本橋と呼称される以前から、「日本橋」の名称と共に「両国」の名称が頻繁に使われていた。大元の両国であることを表す「元両国」という呼称もある。
1971年(昭和46年)4月、日本橋村松町・日本橋若松町・日本橋矢ノ倉町・日本橋薬研堀町・日本橋米沢町(以上現:東日本橋一丁目)、日本橋両国(現:東日本橋二丁目)、日本橋橘町(現:東日本橋三丁目)を併せ住居表示を行い新町名・東日本橋が成立した。東日本橋という地名は、この際に命名されたもの。沿革
1657年(明暦3年)- 明暦の大火の教訓を生かし、両国広小路が整備される。
1903年(明治36年)- 薬研堀が完全に埋め立てられる。
1962年(昭和37年)5月31日 - 都営地下鉄1号線(現在の浅草線)の駅として東日本橋駅が開業。
1971年(昭和46年)4月 - 住居表示の実施により東日本橋が成立。旧町名
現1丁目/現2丁目/日本橋両国/現3丁目/日本橋橘町
世帯数と人口
2019年(令和元年)9月1日現在の世帯数と人口は以下の通り。
小・中学校の学区
区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる。
鉄道
都営地下鉄浅草線 東日本橋駅 - 副駅名として問屋街が使用されている。
都営地下鉄新宿線 馬喰横山駅 - 出入口が設けられている。(所在地:日本橋横山町)バス
都営バス秋26 東日本橋駅前(葛西駅行)/中央区コミュニティバス北循環 馬喰横山駅
道路
国道6号(江戸通り)/東京都道302号新宿両国線(靖国通り) - 本線の終点に当たる。
清杉通り/清洲橋通り施設
教育/中央区立日本橋中学校/公園/中央区立千代田公園/企業/プリマ楽器 本社/大日本除虫菊 東京支店/社寺/川崎大師東京別院 薬研堀不動院/旧跡/両国広小路 - 江戸三大広小路/順天堂大学 - 発祥地に当たり薬研堀不動院に本学発祥の地の石碑がある。
関連項目
七味唐辛子 - 東日本橋発祥の東京名物/近藤富枝 - 出身著名人。旧矢ノ倉町出身。
外部リンク
中央区ホームページ/日本橋浜町地区 町名の由来 - 中央区/中央区観光協会特派員ブログ 人形町・浜町・東日本橋エリアアーカイブ/東日本橋 - 古今・お江戸日本橋 日本橋“町”物語/東日本橋二丁目 やげん堀商店会