郵便番号 274-0077
住所 千葉県 船橋市 薬円台
読み方 ちばけん ふなばしし やくえんだい
この地域の
公式HP
地図

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地方公共
団体コード
12204
最寄り駅
(基準:地域中心部)
  • 習志野駅(京成松戸線/新京成線)
     …距離:879m(徒歩10分)
  • 薬園台駅(京成松戸線/新京成線)
     …距離:1.1km(徒歩14分)
  • 北習志野駅(京成松戸線/新京成線)
     …距離:1.7km(徒歩20分)
周辺の施設、
ランドマーク等
  • 千葉県立薬園台高校《高校》
  • 薬園台郵便局《郵便局》
  • 薬円台公園《近隣公園》
  • 航空自衛隊習志野分屯基地《自衛隊基地・駐屯地》
  • 陸上自衛隊習志野駐屯地《自衛隊基地・駐屯地》
  • 船橋市立薬円台南小学校《小学校》
  • 船橋市郷土資料館《各種資料館》
  • めぐみ保育園《保育所》
  • くすりの福太郎習志野台店《ドラッグストア》
  • 新鮮市場マルエイ薬円台店《スーパーマーケット》
  • セブンイレブン船橋薬円台2丁目店《コンビニ》
  • 千葉県 船橋市 薬円台」の読み方は「ちばけん ふなばしし やくえんだい」です。
  • 千葉県 船橋市 薬円台」の郵便番号は「274-0077」です。
  • 千葉県 船橋市」の地方公共団体コードは「12204」です。
補足事項
■f03: 丁目を有する町域。
郵便番号を設定した町域(大字)が複数の小字を有しており、各小字毎に番地が起番されているため、町域(郵便番号)と番地だけでは住所が特定できない町域。

「薬円台」の概要 from Wikipedia

…(2,893文字)

薬円台(やくえんだい)は、千葉県船橋市にある地名。本項では関連地名の薬園台町(やくえんだいちょう)についても併せて記述する。現行行政地名は薬円台が薬円台一丁目から六丁目、薬園台町が薬園台町一丁目のみ。郵便番号は薬円台が274-0077、薬園台町が274-0076。

概要

薬園台は、江戸時代に幕府が進めた薬草園整備の一環として誕生した地名。江戸幕府は、駒場薬園、小石川薬園の整備と並行して、下総国(現・千葉県船橋市)に大規模な薬草栽培の為の試験場が設置された。この薬草園(旧名:滝台野薬園)に由来して「薬園台」という地名が生まれた。
滝台野薬園が成立した背景には、当時の江戸幕府の財政事情と江戸時代中頃までの日本における薬草事情がある。当時、薬の原料となる薬草の多くは、朝鮮半島や中国大陸から高価で輸入されており、これは江戸幕府にとって大きな財政負担となっていた。こうした状況を受けて、幕府は従来の輸入依存から脱却し、薬草を国内で調達・生産する体制の確立を目指すようになり、その取り組みの一環として滝台野薬園の整備が計画された。
江戸幕府は、軍馬の養成場として利用されていた小金牧(幕府直轄領)の一部だった地域を薬草園とし、徳川八代将軍徳川吉宗の命を受けた幕府御医師並の丹羽正伯と同行した日本橋の薬種商である桐山太右衛門に貸し与え、運営させた。このことから地元では、この地域一帯の運営を担った丹羽正伯の名をとって別名正伯新田(しょうはくしんでん)などと呼ぶ時もあり、戦前の地図にもその名称を見ることができる。また、薬円台公民館の近くにはこれを記念する「正伯公園(しょうはくこうえん)」という名称の公園があるほか、現在の船橋市立薬円台小学校の前身とも言える尋常小学校の名前も「正伯尋常小学校」であった。旧高幢庵跡の墓地には、村人たちによって建てられた丹羽正伯の供養塔が残されている。
ちなみに同地域が正式に「薬園台」と統一して呼称されるようになったのは明治以降になってからだとされる。
薬草園では主に朝鮮人参や竜胆、黄連などの薬用植物の栽培が試みられたという。また、薬園台でも青木昆陽(昆陽神社の記述も参照)で有名な飢饉対策の為のサツマイモの栽培やパセリなどの西洋野菜の栽培なども試みられたとされ、後に新田化された。
明治になり、薬園台に隣接する大和田原(旧小金牧の下野牧の一部。後の習志野ノ原)に、明治天皇が行幸し、陸軍の演習場が作られると薬園台は軍隊の街(演習場の入口の町)として賑わい、バスやタクシーなど(更に大正時代には東京と成田を結ぶ鉄道計画が持ち上がり、当初は薬園台を通る計画であったが、陸軍の演習場があったため、それを横切ることが許されず、京成大久保の方に大きく迂回するルートになってしまった。このため、薬園台には陸軍の鉄道聯隊の演習線(津田沼ー松戸)は作られたが、旅客鉄道の誘致は戦後まで実現しなかった)をはじめとする交通機関や郵便、電気、電話、ガスなどの社会インフラが早くから整備され、急速に近代化が進んだ。
また、皇族や華族、海外の賓客などが利用する為の皇室所管の御猟場(習志野原御猟場)も設けられ、管理事務所が薬園台に置かれた。そして最盛期には地区内には複数の軍施設(陸軍騎兵学校・東部軍管区教育隊)も造られ、二宮郷土読本によればその繁栄ぶりは二宮町一(現在の船橋市東部地区一)賑やかな街といわれたという。
戦後になると薬園台地域の軍施設は廃止され、そのままその区画が学校などの公共施設に利用され、薬園台は文教地域へと変貌していく。例えば建設学院や法政工業専門学校(現在の法政大学理工学部の前身))、船橋市立薬円台小学校(1947年~)や船橋市立二宮中学校(1948年~1956年に現在の船橋市立二宮出張所近くに移転)、千葉県立薬園台高等学校(1963年~)、大浜幼稚園、めぐみ保育園などの教育機関として利用され、現在の街の基軸が作られた。
また、1947年には薬園台地域の住民の悲願だった鉄道(当時の新京成電鉄。後に京成電鉄に統合)が誕生し、薬園台駅が開業、そして翌年には習志野駅が開業(1966年に北習志野駅が開業するまで、習志野駅が習志野開拓の為の玄関口、起点の駅として機能していた)し、薬園台の北部地域の開発がはじまるようになる。
近年では住宅開発によって減ったが、近郊農業も盛んで、現在の船橋で盛んに栽培されるようになった「船橋ニンジン」の起源は薬円台の農家だとされる。
1889年(明治22年)の町村制施行時には千葉郡二宮町大字薬園台となった。二宮町は1953年(昭和28年)、船橋市に編入され、当地は船橋市大字薬園台となる。1955年、船橋市の郊外地区の「大字」はすべて「町」に変更され、当地は薬園台町1・2丁目となった。
1973年(昭和48年)の住居表示実施時に地名表記が「薬円台」に変更され、薬円台1 - 5丁目となった。1988年には薬円台6丁目が成立し、現在に至る。現在では京成松戸線薬園台駅や千葉県立薬園台高等学校の名称などに旧地名の名残がある。また、同地域には明治天皇にゆかりのある空挺館(旧騎兵連隊御馬見所)と呼ばれる古い西洋館や習志野地名発祥の史跡が残されている。
なお、1955年成立の薬園台町1・2丁目のうち2丁目は1978年に消滅したが、薬園台町1丁目は一部が住居表示未実施地区として残存している(薬円台1丁目の南側)。この町域内には特筆すべき施設・公園等はなく、住宅地が広がるのみ。

地価

住宅地の地価は、2014年(平成26年)1月1日の公示地価によれば、薬円台5-14-19の地点で16万円/m2となっている。

世帯数と人口

2017年(平成29年)11月1日現在の世帯数と人口は以下の通り。

小・中学校の学区

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる。

公共施設

薬円台出張所/船橋市薬円台公民館/船橋市立郷土資料館/薬園台郵便局/薬園台駅前郵便局/船橋市東消防署薬園台出張所

教育施設

千葉県立薬園台高等学校/船橋市立薬円台小学校/船橋市立薬円台南小学校/大浜幼稚園/めぐみ保育園/恩寵園

緑地・公園

薬円台公園/正伯公園/松ヶ崎公園/薬円台南公園

歴史的な施設・史跡等

神明神社/空挺館(旧騎兵連隊御馬見所)/仲三好屋(旧旅館)/東部軍管区教育隊裏門門柱/桜並木寄付記念碑

その他

陸上自衛隊習志野駐屯地(旧陸軍騎兵学校)

交通機関

京成電鉄松戸線:薬園台駅・習志野駅/京成バス:薬円台南小学校、薬園台二丁目、薬園台高校前、薬園台一丁目、薬園台駅入口/ちばレインボーバス:薬円台二丁目、薬園台高校入口、薬円台一丁目、薬園台駅入口

市指定

観信の墓 附 木造地蔵菩薩像(史跡)/明治天皇駐蹕之処の碑 附 習志野地名発祥の地(史跡)

関連項目

習志野/小金牧 - 下野牧の節に薬円台についての記述がある。
秋山好古/バロン西/栗林忠道/三木鶏郎/京成バス船橋営業所 - 路線の起源は薬円台にある。
船橋市の町名

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