「埼玉県 川口市 西立野」について
郵便番号 | 〒333-0813 |
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住所 | 埼玉県 川口市 西立野 |
読み方 | さいたまけん かわぐちし にしたての |
この地域の 公式HP |
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地図 | |
地方公共 団体コード |
11203 |
最寄り駅 (基準:地域中心部) |
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周辺の施設、 ランドマーク等 |
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- 「埼玉県 川口市 西立野」の読み方は「さいたまけん かわぐちし にしたての」です。
- 「埼玉県 川口市 西立野」の郵便番号は「〒333-0813」です。
- 「埼玉県 川口市」の地方公共団体コードは「11203」です。
「西立野」の概要 from Wikipedia
西立野(にしたての)は、埼玉県川口市の大字。郵便番号は333-0813。
地理
川口市の東部の大宮台地(鳩ヶ谷支台)上に位置する。東西に長い区域となっている。地区の北側の境を赤堀用水路が蛇行しながら流れ、一の橋放水路が分岐する。かつて美園村に属したエリアで、東には安行西立野が隣接する。地区の一部は埼玉県立安行武南自然公園に位置する。地区東部に戸塚安行駅(一部)が所在し、駅前通りが東西を走ることから宅地化が急速に進んでいる。
沿革
もとは江戸期より存在した足立郡に属する立野村であった。立野は館野とも記された。植木の生産は幕末より行なわれていた。
はじめは幕府領、寛永年間(1624年〜1645年)より関東郡代伊奈氏の知行地となるが、1792年(寛政4年)に再び幕府領となる。なお、検地は延宝6年に実施。
1871年(明治4年)11月13日 - 第1次府県統合により埼玉県の管轄となる。
1879年(明治12年)3月17日 - 郡区町村編制法により成立した北足立郡に属す。郡役所は浦和宿に設置。それに伴い、郡内に同名の村(旧草加町大字東館野、現在の草加市氷川町の一部)が存在していたため、西を冠称して西立野村に改称される。
1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い、戸塚村・西立野村・長蔵新田・久左衛門新田・藤兵衛新田が合併し、戸塚村の大字西立野となる。
1956年(昭和31年)4月1日 - 戸塚村・大門村・野田村が合併し、美園村が成立する。美園村の大字となる。
1960年(昭和35年)4月1日 - 美園村から一部が川口市に編入され、川口市大字安行西立野となる(西立野とは現在も別の町丁)。
1962年(昭和37年)5月1日 - 美園村の南側(旧戸塚村と旧大門村の一部)が川口市に編入され、川口市の大字となる。
1994年(平成6年)10月1日 - 区画整理が完成し、一部が長蔵1丁目に変更。世帯数と人口
2018年(平成30年)3月1日現在の世帯数と人口は以下の通り。
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区(校区)は以下の通りとなる。
鉄道
地区内の地下を埼玉高速鉄道線が通り、埼玉高速鉄道戸塚安行駅の南端部が地区内に所在する。1番出口は西立野にある。
道路
東京外環自動車道 - 安行(西)交差点付近で僅かに掠める。
国道298号 - 同上/埼玉県道・東京都道103号吉場安行東京線/埼玉県道381号東大門安行西立野線/埼玉県道161号越谷川口線 - 南東部の境界で僅かに掠める。施設
川口北警察署 - 2026年開署予定/川口市立戸塚西中学校/西福寺 - 三重塔がある。
しらぎく保育園/二宮神社/稲荷神社/百観音公園/福田児童公園参考文献
「角川日本地名大辞典」編纂委員会『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』角川書店、1980年7月8日。ISBN 4040011104。 /浦和市総務部市史編さん室『わがまち浦和―地域別案内』浦和市、1982年11月30日。 /「立野村」『新編武蔵風土記稿』 巻ノ139足立郡ノ5、内務省地理局、1884年6月。NDLJP:763997/105。
関連項目
埼玉県立安行武南自然公園/埼玉県第2区
外部リンク
川口市ホームページ
関連ページ
【参考】
町域名に「西立野」が含まれている住所一覧
- 同じ町域内で複数の郵便番号がある場合、別々にリスト表示しています。