郵便番号 927-1224
住所 石川県 珠洲市 宝立町南黒丸
読み方 いしかわけん すずし ほうりゅうまちみなみくろまる
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地方公共
団体コード
17205
最寄り駅
(基準:地域中心部)
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  • 鵜島トンネル《橋・トンネル》
  • 石川県 珠洲市 宝立町南黒丸」の読み方は「いしかわけん すずし ほうりゅうまちみなみくろまる」です。
  • 石川県 珠洲市 宝立町南黒丸」の郵便番号は「927-1224」です。
  • 石川県 珠洲市」の地方公共団体コードは「17205」です。

「宝立町南黒丸」の概要 from Wikipedia

…(1,546文字)

宝立町南黒丸(ほうりゅうまちみなみくろまる)は、石川県珠洲市宝立地区の地名。

地理

珠洲市沿岸部、見附島の南西に位置する。町域の南端を船橋川が流れ、宝立町鵜島、宝立町柏原、宝立町馬渡、宝立町宗玄に接する。
河川:船橋川/ため池:勝茂(特定農業用ため池、堤高7.7m、堤長41m、貯水量13,000m3)

町名の由来

黒丸/検地が行われていた時代、当地を所有していた地主(当地では「オヤッサマ」と呼ばれる)の姓「黒丸」から(なお「宗玄」や「鵜島」も同様)。

沿革

1889年(明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、珠洲郡南黒丸村、鵜島村、宗玄村の区域をもって、鵜島村が発足する。
1908年(明治41年)8月15日 - 鵜島村、黒峰村、見付村が合併して、宝立村が発足する。
1940年(昭和15年)8月15日 - 町制施行して、宝立町となる。
1954年(昭和29年)7月15日 - 宝立町、飯田町、正院町、上戸村、若山村、直村、正院町、蛸島村、三崎村が合併して、珠洲市が発足する。
旧・宝立町字南黒丸の区域をもって宝立町南黒丸が成立。

鉄道路線

のと鉄道能登線・南黒丸駅(宝立町南黒丸)があったが、2005年(平成17年)の能登線廃止に伴い廃駅となった。

道路

国道249号/松波鵜島バイパス/内浦街道/奥能登絶景街道

バス

「黒丸」、「船橋」バス停留所があり、北鉄奥能登バス・宇出津珠洲-A(珠洲鉢ヶ崎 - 鵜飼駅前 - 小木町 - 能登町役場前 - 能登高校南)、宇出津珠洲-B(珠洲鉢ヶ崎 - 鵜飼駅前 - 十八束 - 能登町役場前 - 能登高校南)系統が運行されている。

教育

珠洲市立宝立小中学校の通学区域。

防災

最大5メートルの津波が3 - 24分で到達すると想定されており、避難場所として市道63号線(びや坂、標高12.8メートル)、農道宝立45号線(南黒丸、標高16.4メートル)、白山神社(南黒丸、標高16.0メートル)が指定されている。
勝茂ため池が決壊した場合、下流の川沿いや沿岸部に0.5 - 3.0メートル未満の深さで浸水すると想定されている。

名所・旧跡・観光スポット

八幡神社(宝立町南黒丸19字11番地) - 黒丸郷6か村総社、神饌幣帛料供進神社。元禄12年、火災により旧記を焼失している。祭神は誉田別命、気長足姫命、比売神。宮司は鳳珠郡能登町の松波神社宮司が兼務する。鵜島の曳山祭りの際は地区の中心地として賑わう。
白山神社(宝立町南黒丸6の35番地1) - 1876年(明治9年)、仏体に代わり神鏡を祭祀。祭神は菊理媛神、伊弉諾命、伊弉冉命。宮司は松波神社宮司が兼務する。曳山祭りの際は賑わう。
真浄寺(宝立町南黒丸4-45) - 浄土真宗本願寺派の寺。
南黒丸遺跡(宝立町南黒丸) - 鎌倉時代・室町時代の集落の遺跡。道路建設に伴い、1996年(平成8年)と1998年(平成10年)に石川県立埋蔵文化財センターが発掘調査を実施。建物や井戸、珠洲焼、土師器、瓦、埋納銭が出土しており、若山荘荘官と関連しているものと推定されている。
珠洲デカ曳山展示場(宝立町南黒丸 5-60-1 海岸) - 曳山保管施設。祭りの際は曳山を引き出し、砂浜に沿って見附島まで引く。

祭事・催事

鵜島の曳山祭り/珠洲デカ曳山まつり

参考文献

西本陽一「地区の概要」『金沢大学文化人類学研究室調査実習報告書』第30巻、金沢大学、2015年、1-12頁、NAID 120005593975。 /太田頼資 著、日置謙 編『能登名跡志』石川県図書館協会、1931年、58-59頁。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1177868/36。

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