「北海道 留萌郡 小平町」について
地方公共 団体名 |
留萌郡 小平町(北海道) |
---|---|
読み方 | るもいぐん おびらちょう |
地方公共 団体コード |
01482(01482-6) |
公式HP | |
地図 |
- 「留萌郡 小平町」の読み方は、「るもいぐん おびらちょう」です。
- 「北海道 留萌郡 小平町」の団体コード(5桁)は、「01482」です。
※ チェックディジットコードを含めた6桁表現だと、「014826(01482-6)」となります。
「北海道 留萌郡 小平町」の町域一覧
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統計データ
「北海道 留萌郡」は、「小平町」だけです。人口・世帯数・面積・人口密度
「留萌郡 小平町」の人口は、2,838人、世帯数は、1,531戸、面積は、627.22km²、人口密度は、5人/km²です。
市町村名 | 人口 | 世帯数 | 面積 | 人口密度 |
---|---|---|---|---|
留萌郡 小平町 | 2,838人 男性:1,348人 女性:1,490人 | 1,531戸 | 627.22km² | 5人/km² |
※「住民基本台帳に基づく人口・世帯数」より
※「国勢調査に基づく面積」より(2020年10月〈最新〉)
※「国勢調査に基づく面積」より(2020年10月〈最新〉)
「留萌郡 小平町」の人口推移
※ 2013(平成25)年以降から、在留外国人も集計されています。
西暦/和暦 | 人数 | 前年差 |
---|---|---|
2024年(令和6年) | 2,781人 | -57人 |
2023年(令和5年) | 2,838人 | -84人 |
2022年(令和4年) | 2,922人 | -74人 |
2021年(令和3年) | 2,996人 | -91人 |
2020年(令和2年) | 3,087人 | -81人 |
2019年(令和元年) | 3,168人 | -48人 |
2018年(平成30年) | 3,216人 | -38人 |
2017年(平成29年) | 3,254人 | -70人 |
2016年(平成28年) | 3,324人 | -70人 |
2015年(平成27年) | 3,394人 | -79人 |
2014年(平成26年) | 3,473人 | -67人 |
2013年(平成25年) | 3,540人 | -55人 |
2012年(平成24年) | 3,595人 | -74人 |
2011年(平成23年) | 3,669人 | -85人 |
2010年(平成22年) | 3,754人 | -89人 |
2009年(平成21年) | 3,843人 | -99人 |
2008年(平成20年) | 3,942人 | -116人 |
2007年(平成19年) | 4,058人 | -112人 |
2006年(平成18年) | 4,170人 | -42人 |
2005年(平成17年) | 4,212人 | -72人 |
2004年(平成16年) | 4,284人 | -7人 |
2003年(平成15年) | 4,291人 | -89人 |
2002年(平成14年) | 4,380人 | -58人 |
2001年(平成13年) | 4,438人 | -98人 |
2000年(平成12年) | 4,536人 | -111人 |
1999年(平成11年) | 4,647人 | -80人 |
1998年(平成10年) | 4,727人 | -80人 |
1997年(平成9年) | 4,807人 | -12人 |
1996年(平成8年) | 4,819人 | -43人 |
1995年(平成7年) | 4,862人 | ---- |
■「留萌郡 小平町」における在留外国人の人口推移
西暦/和暦 | 人口(人) | 前年差(人) |
---|---|---|
2022年(令和4年) | 70 | +11 |
2021年(令和3年) | 59 | -1 |
2020年(令和2年) | 60 | -4 |
2019年(令和元年) | 64 | +10 |
2018年(平成30年) | 54 | +11 |
2017年(平成29年) | 43 | +13 |
2016年(平成28年) | 30 | +12 |
2015年(平成27年) | 18 | +1 |
2014年(平成26年) | 17 | +2 |
2013年(平成25年) | 15 | +2 |
2012年(平成24年) | 13 | ---- |
※「e-Stat : 在留外国人統計(旧登録外国人統計)」より
「小平町」の地域情報
小平町(おびらちょう)は北海道西海岸の町。留萌郡に属する。
小平蘂川上中流域は白亜紀の化石の産地。夏は臼谷、鬼鹿など海水浴客で賑わう。
かつては留萌炭田を抱える産炭地であって、1947年(昭和22年)頃にはその最盛期を迎えた。鉄路も留萌本線留萌駅から羽幌線、天塩炭礦鉄道、達布森林鉄道などが延びていて昭和40年代までは活況を呈していたが、閉山後に衰退。1950年(昭和25年)の国勢調査では、当時の小平村、鬼鹿村(1956年合併)を合わせて約17,000人の人口を有していたが、2020年(令和2年)には3,000人を下回っている。