「愛知県 知多郡 武豊町 冨貴」について
| 郵便番号 | 〒470-2531 |
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| 住所 | 愛知県 知多郡 武豊町 冨貴 |
| 読み方 | あいちけん ちたぐんたけとよちょう ふき |
| この地域の 公式HP |
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| 地図 | |
| 地方公共 団体コード |
23447 |
| 最寄り駅 (基準:地域中心部) |
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| 周辺の施設、 ランドマーク等 |
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- 「愛知県 知多郡 武豊町 冨貴」の読み方は「あいちけん ちたぐんたけとよちょう ふき」です。
- 「愛知県 知多郡 武豊町 冨貴」の郵便番号は「〒470-2531」です。
- 「愛知県 知多郡武豊町」の地方公共団体コードは「23447」です。
- ■f02: 小字毎に番地が起番されている町域。
「冨貴」の概要 from Wikipedia
冨貴(ふき)は、愛知県知多郡武豊町の地名。
交通
国道247号/愛知県道272号大谷富貴線/南知多道路/名鉄河和線・名鉄知多新線富貴駅
施設
武豊町立富貴小学校
字一覧
石田(いしだ)/市場(いちば)/稲荷(いなり)/兎山(うさぎやま)/後田(うしろだ)/後田面(うしろだめん)/薄里(うすざと)/大谷道(おおたにみち)/大塚(おおつか)/海道(かいどう)/影井(かげい)/篭田(かごた)/笠松(かさまつ)/上石神(かみいしがみ)/上鐘鋳(かみかねい)/上椎ノ木(かみしいのき)/上別曽(かみべつそ)/唐木(からき)/カル田(かるた)/外面(がいめん)/北側(きたがわ)/北曽原(きたそはら)/久原(くばら)/黒山(くろやま)/小桜(こざくら)/郷北(ごうきた)/郷南(ごうみなみ)/五反田(ごたんだ)/権兵衛新田(ごんべいしんでん)/砂水(さみず)/三反田(さんたんだ)/シッペイ(しっぺい)/下石神(しもいしがみ)/下鐘鋳(しもがねい)/下別曽(しもべつそ)/新薄里(しんうすざと)/新砂(しんずな)/新田(しんでん)/新田前(しんでんまえ)/新西側(しんにしがわ)/外堀(そとぼり)/外前田(そとまえだ)/曽原(そはら)/臓ノ内(ぞうのうち)/高代(たかしろ)/高城下(たかしろした)/樽田(たるた)/茶ノ木(ちやのき)/寺後(てらうしろ)/寺西(てらにし)/寺東(てらひがし)/樋口(といぐち)/酉新田(とりしんでん)/道兼(どうがね)/道廻間(どうはざま)/中田(なかだ)/中根(なかね)/中道(なかみち)/中割(なかわり)/西側(にしがわ)/西畑(にしばた)/西迎(にしむかえ)/林平井(はやしひらい)/東椎ノ木(ひがししいのき)/東門(ひがしもん)/深谷(ふかや)/細池(ほそいけ)/前田(まえだ)/前田側(まえだがわ)/前畑(まえはた)/丸山(まるやま)/南側(みなみがわ)/南新川(みなみしんかわ)/南曽原(みなみそはら)/宮前(みやまえ)/森東(もりひがし)/森万新田(もりまんしんでん)/森南(もりみなみ)/山崎(やまざき)
沿革
江戸時代 - 尾張国知多郡冨貴村として所在。尾張藩鳴海代官所支配。
1878年(明治11年) - 三芳村の一部となる。
1883年(明治16年) - 三芳村が冨貴村と東大高村に分裂。旧冨貴村の大部分と旧市原村に相当する。
1889年(明治22年) - 冨貴村および東大高村が合併し、新たな冨貴村が成立し、冨貴村大字冨貴となる。
1954年(昭和29年) - 武豊町大字冨貴となる。人口の変遷
国勢調査による人口および世帯数の推移。
参考文献
「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『愛知県』 23巻、角川書店〈角川日本地名大辞典〉、1989年3月8日。ISBN 4-04-001230-5。
外部リンク
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