「愛知県 名古屋市 千種区 古出来」について
郵便番号 | 〒464-0085 |
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住所 | 愛知県 名古屋市 千種区 古出来 |
読み方 | あいちけん なごやしちくさく こでき |
この地域の 公式HP |
※「名古屋市」は、政令指定都市です。
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地図 | |
地方公共 団体コード |
23101 |
最寄り駅 (基準:地域中心部) |
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周辺の施設、 ランドマーク等 |
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- 「愛知県 名古屋市 千種区 古出来」の読み方は「あいちけん なごやしちくさく こでき」です。
- 「愛知県 名古屋市 千種区 古出来」の郵便番号は「〒464-0085」です。
- 「愛知県 名古屋市千種区」の地方公共団体コードは「23101」です。
- ■f03: 丁目を有する町域。
- 郵便番号を設定した町域(大字)が複数の小字を有しており、各小字毎に番地が起番されているため、町域(郵便番号)と番地だけでは住所が特定できない町域。
「古出来」の概要 from Wikipedia
古出来(こでき)は、愛知県名古屋市東区と千種区にある町名。現行行政地名は古出来一丁目から古出来三丁目。住居表示実施済み。
地理
名古屋市東区の北東部、千種区の北西部に位置し、東に千種区萱場と北千種、西に東区出来町、南に千種区松軒、北に東区矢田南と接する。東区側は一丁目から三丁目、千種区側は一丁目と三丁目(一丁目は鉄道敷地部分のみ)が存在する。
歴史
江戸期は名古屋城下続きの1町で、名古屋新田に所属していた。
町名の由来
はじめ古町屋と呼ばれ、寛文年間に出来町と改称された。元禄15年(1702年)に西隣に新出来町が成立したため、「古」を冠したもの。
古出来町
1878年(明治11年)12月28日 - 古出来町・古出来南裏町・古出来北小路・古出来北裏町・古出来稲荷小路が合併し、名古屋区古出来町となる。
1880年(明治13年)11月6日 - 西春日井郡古出来町を合併。
1889年(明治22年)10月1日 - 市制施行に伴い、名古屋市古出来町となる。
1908年(明治41年)4月1日 - 行政区設置に伴い、東区所属となる。
1938年(昭和13年)1月25日 - 新出来町の一部を編入。
1946年(昭和21年)4月15日 - 一部が千種区へ編入され、同区古出来町が成立。
1979年(昭和54年)5月5日/東区古出来町の一部が同区古出来二〜三丁目・出来町三丁目・矢田南一〜二丁目となる。
千種区古出来町の一部が同区古出来三丁目・萱場一丁目となる。
1980年(昭和55年)11月23日/東区古出来町の一部が同区松軒一丁目・古出来一丁目となり、一部を古出来三丁目・出来町三丁目へ編入。
千種区古出来町の残部が同区松軒二丁目・古出来三丁目となり廃止。
1981年(昭和56年)9月13日 - 東区古出来町の残部が同区大松町・出来町二丁目となり廃止。古出来
1979年(昭和54年)5月5日 - 東区古出来町・矢田町の各一部より同区古出来二〜三丁目が、千種区萱場町・古出来町の各一部より同区古出来三丁目が成立。
1980年(昭和55年)11月23日/東区弦月町・古出来町・新出来町の各一部より、同区古出来一丁目が成立。東区古出来町の一部を同区古出来三丁目へ編入。
千種区松軒町の一部(鉄道敷地部分のみ)より、同区古出来一丁目が成立。千種区萱場町・北千種町・弦月町・古出来町の各一部を同区古出来三丁目へ編入。世帯数と人口
2019年(平成31年)1月1日現在の世帯数と人口は以下の通り。
学区
市立小・中学校に通う場合、学校等は以下の通りとなる。また、公立高等学校に通う場合の学区は以下の通りとなる。なお、小学校は学校選択制度を導入しておらず、番毎で各学校に指定されている。
交通
愛知県道215号田籾名古屋線(出来町通)/名古屋市道名古屋環状線/基幹バス 古出来町バス停
施設
碧海信用金庫 ナゴヤドーム前支店/須佐之男神社/正覚寺/古出来公園/1986年(昭和61年)11月1日供用開始。
古出来南どんぐりひろば日本郵便
集配担当する郵便局は以下の通り。
参考文献
「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典 23 愛知県』角川書店、1989年3月8日。ISBN 4-04-001230-5。 /名古屋市計画局『なごやの町名』名古屋市計画局、1992年3月31日。全国書誌番号:93012879。
関連項目
名古屋市の地名
外部リンク
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関連ページ
【参考】
町域名に「古出来」が含まれている住所一覧
- 同じ町域内で複数の郵便番号がある場合、別々にリスト表示しています。