「愛知県 名古屋市 西区 名塚町」について
郵便番号 | 〒451-0081 |
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住所 | 愛知県 名古屋市 西区 名塚町 |
読み方 | あいちけん なごやしにしく なづかちょう |
この地域の 公式HP |
※「名古屋市」は、政令指定都市です。
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地図 | |
地方公共 団体コード |
23104 |
最寄り駅 (基準:地域中心部) |
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周辺の施設、 ランドマーク等 |
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- 「愛知県 名古屋市 西区 名塚町」の読み方は「あいちけん なごやしにしく なづかちょう」です。
- 「愛知県 名古屋市 西区 名塚町」の郵便番号は「〒451-0081」です。
- 「愛知県 名古屋市西区」の地方公共団体コードは「23104」です。
- ■f03: 丁目を有する町域。
- 郵便番号を設定した町域(大字)が複数の小字を有しており、各小字毎に番地が起番されているため、町域(郵便番号)と番地だけでは住所が特定できない町域。
「名塚町(名古屋市)」の概要 from Wikipedia
名塚町(なづかちょう)は、愛知県名古屋市西区にある地名。現行行政地名は名塚町1丁目から名塚町5丁目と、庄内川河川敷などに8つの字が残る。また、西春日井郡名塚村もあわせて記述する。
地理
西区の中央部に位置する。
河川
庄内川/庄内用水(惣兵衛川)
字一覧
西春日井郡名塚村当時のもので、配列・読みは『なごやの町名』910頁による。また、太字のものは西区名塚町に現存するもので、名古屋市道路認定図による。
大金(おおがね)/江股キ(えまたき)/子流(こながれ)/茨島(いばらしま)/笠取(かさとり) - 現町域から離れてミユキモールの西に現存する/東荒子(ひがしあらこ)/籠島(かごしま)/西荒子(にしあらこ)/鳥水塚(とりみづか)/違ヶ瀬(ちがいがぜ)/島江(しまえ)/才藤(さいと)/下黒部(しもくろべ)/上黒部(かみくろべ)/井尾多レ(いびたれ)/助ヶ上(すけんじょう)/薬師前(やくしまえ)/薬師西(やくしにし)/郷(ごう)/北浦(きたうら) - 庄内公園とそこから西の堤防に現存する/東坪堀田(ひがしつぼほりた) - 庄内川堤防に現存する/西坪堀田(にしつぼほりた) - 庄内川堤防に現存する/薬師浦(やくしうら)/土手(どて) - 庄内川河川敷の庄内公園と庄内川に現存する/墓南(はかいなみ) - 庄内川河川敷の庄内公園と庄内川に現存する/柳原(やなぎはら) - 庄内川河川敷の庄内公園と庄内川に現存する/定井下(じょういした) - 庄内川河川敷の庄内公園と庄内川に現存する/村前(むらまえ)歴史
かつては、現在の庄内緑地あたり(現在地から見ると対岸にあたる)に所在した村だったが、その地が堤防工事に伴って河川内になり、また遊水池として使用するため、1614年(慶長19年)堀越村・新福寺村とともに現在地に移ってきたという。『尾張國地名考』によれば、苗束(なづか)から付けられたという。
沿革
1614年(慶長19年) - 村が現在地に移転。また、新福寺村より新(真)福寺が移転してくる。
1880年(明治13年) - 春日井郡分割に伴い、西春日井郡名塚村となる。
1889年(明治22年) - 合併により西春日井郡庄内村大字名塚となる。
1926年(大正15年) - 庄内町大字名塚となる。
1937年(昭和12年) - 庄内町が名古屋市に編入され、名古屋市西区名塚町となる。
1939年(昭和14年) - 一部が鳥見町・大金町・笠取町となる。
1949年(昭和24年) - 一部が西区庄内通となる。世帯数と人口
2019年(平成31年)2月1日現在の世帯数と人口は以下の通り。
学区
市立小・中学校に通う場合、学校等は以下の通りとなる。また、公立高等学校に通う場合の学区は以下の通りとなる。
バス
名古屋市営バス(名古屋市交通局)/名塚停留所 - 名駅13系統(名古屋駅行)
施設
庄内公園/天台宗新福寺/国風第2幼稚園/曹洞宗宋円寺/白山神社
史跡
庚申塚 - 稲生の戦いの際の戦死者を弔うために建てられた塚。
稲生原古戦場跡/名塚砦 - 佐久間盛重が稲生の戦いの際に守った砦。白山神社あたりに所在したとされるが不詳。日本郵便
郵便番号 : 451-0081(集配局:名古屋西郵便局)。
参考文献
「角川日本地名大辞典」編纂委員会 『角川日本地名大辞典 23 愛知県』、角川書店、1989年。
関連項目
名古屋市の地名/名塚町
関連ページ
【参考】
町域名に「名塚町」が含まれている住所一覧
- 同じ町域内で複数の郵便番号がある場合、別々にリスト表示しています。