「千葉県 佐倉市 大佐倉」について
郵便番号 | 〒285-0041 |
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住所 | 千葉県 佐倉市 大佐倉 |
読み方 | ちばけん さくらし おおざくら |
この地域の 公式HP |
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地図 | |
地方公共 団体コード |
12212 |
最寄り駅 (基準:地域中心部) |
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周辺の施設、 ランドマーク等 |
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- 「千葉県 佐倉市 大佐倉」の読み方は「ちばけん さくらし おおざくら」です。
- 「千葉県 佐倉市 大佐倉」の郵便番号は「〒285-0041」です。
- 「千葉県 佐倉市」の地方公共団体コードは「12212」です。
「大佐倉」の概要 from Wikipedia
大佐倉(おおざくら)は、千葉県佐倉市の大字。郵便番号は285-0041。
地理
北は大佐倉干拓、北東は酒々井町印旛沼新田、東は酒々井町酒々井、南東は酒々井町本佐倉、南は将門町、南西は千成、西は飯田、北西は飯田干拓に隣接している。
飛地があり、将門町、酒々井町本佐倉、酒々井町上本佐倉に隣接している。小字
小字は以下の通り。
花輪台(はなわだい)/作の下(さくのした)/大桜(おおざくら)/大御堂(おおみどう)/松山(まつやま)/松山台(まつやまだい)/梨の木(なしのき)/剣谷(つるぎだに)/駒込(こまごめ)/池田(いけだ)/根崎(ねさき)/池下(いけした)/長辺田(ながべた)/鳥井戸(とりいど)/入子(いりご)/浜宿(はまじゅく)/松合(まつあい)/宮下(みやした)/東松合(ひがしまつあい)/嶋下(しました)/将門新畑(まさかどしんはた)歴史
江戸期は大佐倉村であり、下総国印旛郡のうち。佐倉藩領。村高は『元禄郷帳』528石余、『天保郷帳』『旧高旧領取調帳』ともに537石余。なお『旧高旧領』では八幡神社除地・勝胤寺領がそれぞれ20石ずつ見え、ともに天正19年に賜った朱印地。村の反別は田36町余・畑21町余。安政4年『領分村高帳』によれば、高120石余が諸役御免となっており、小物成として夫役永1貫105文余・茶園栗代永250文・山銭鐚921文・草銭鐚526文が見える(旧佐野家文書/千葉市史史料編2)。浜宿河岸があり、佐倉城主所替の節御用荷物積場となった。また、同河岸は印旛沼岸交通の要衝で、幕末には水戸天狗党の侵入を防ぐ見張番が置かれた。将門御林は文久年間に一部が武家屋敷地となった。神社は口之宮神社・八幡神社など、寺院は真言宗宝珠院・曹洞宗勝胤寺(印旛郡誌)。なお、佐倉藩主堀田正亮は宝暦2年の惣五郎百回忌にあたり、惣五郎に法名をおくるとともに口之宮神社に合祀し、同社別当宝珠院に対し年々米15俵を下付したという。明治6年千葉県に所属。明治22年内郷村の大字となる。
沿革
1873年(明治6年) - 千葉県に所属。
1889年(明治22年)4月1日 - 内郷村大字大佐倉となる。
町村制施行し大佐倉村、岩名村、飯野村、飯野町、土浮村、山崎村、下根村、下根町、萩山新田、飯田村が合併し印旛郡内郷村が発足。
1937年(昭和12年)2月11日 - 佐倉町大字大佐倉となる。
佐倉町・内郷村が合併し、佐倉町が発足。
1954年(昭和29年)3月31日 - 佐倉市大佐倉となる。
佐倉町・臼井町・弥富村・志津村・根郷村・和田村が合併し、佐倉市が発足。世帯数と人口
2017年(平成29年)10月31日現在の世帯数と人口は以下の通り。
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる。
鉄道
京成本線/大佐倉駅 - 読みは「おおさくら」と濁らない。
施設
大佐倉会館/宝珠寺/住善寺/勝胤寺/観音堂/浅間神社/金比羅神社/麻賀多神社/八幡神社/将門口ノ宮神社
脚注