「大阪府 大阪市 中央区 安堂寺町」について
郵便番号 | 〒542-0061 |
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住所 | 大阪府 大阪市 中央区 安堂寺町 |
読み方 | おおさかふ おおさかしちゅうおうく あんどうじまち |
この地域の 公式HP |
※「大阪市」は、政令指定都市です。
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地図 | |
地方公共 団体コード |
27128 |
最寄り駅 (基準:地域中心部) |
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周辺の施設、 ランドマーク等 |
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- 「大阪府 大阪市 中央区 安堂寺町」の読み方は「おおさかふ おおさかしちゅうおうく あんどうじまち」です。
- 「大阪府 大阪市 中央区 安堂寺町」の郵便番号は「〒542-0061」です。
- 「大阪府 大阪市中央区」の地方公共団体コードは「27128」です。
- ■f03: 丁目を有する町域。
- 郵便番号を設定した町域(大字)が複数の小字を有しており、各小字毎に番地が起番されているため、町域(郵便番号)と番地だけでは住所が特定できない町域。
「安堂寺町(大阪市)」の概要 from Wikipedia
安堂寺町(あんどうじまち)は、大阪府大阪市中央区の町名。現行行政地名は安堂寺町一丁目および安堂寺町二丁目。
地理
大阪市中央区の南部に位置する。北は神崎町・十二軒町・谷町5丁目・龍造寺町、西は松屋町住吉・松屋町、東は上町筋を挟んで上町、南は長堀通を挟んで谷町6丁目および上本町西1丁目にそれぞれ接する。南北に細長い町域を持つ谷町を途中で分断する町でもある。
明治から昭和にかけての文豪・直木三十五の出身地としても知られ、文学碑が建てられている。歴史
現行町名と旧町名で場所が異なる。
現行町名
1872年(明治5年) 南大組山家屋町(やまかやちょう)、桜町、坂田町、内安堂寺町、播磨町、尾張坂町、丹波屋町の北東部を統合して内安堂寺町通1 - 3丁目に改編。
1879年(明治12年) 南大組が南区となる。
1943年(昭和18年) 1丁目の上町筋以東(もと山家屋町)が東区へ転属。
1979年(昭和54年) 東区内安堂寺町通1丁目(もと山家屋町)が上町1丁目の一部となり消滅。
1982年(昭和57年) 安堂寺町1 - 2丁目の現行町名に改編。旧町名
1872年(明治5年) 南大組安堂寺町1 - 5丁目(2丁目は上半・下半に分かれる)、北勘四郎町を統合して安堂寺橋通1 - 4丁目に改編。
1879年(明治12年) 南大組が南区となる。
1982年(昭和57年) 南船場1 - 4丁目の現行町名に改編。町名の由来
『日本書紀』に記述されている安曇寺が転訛し、安堂寺と呼ばれるようになったとする説があるが、定かではない。阿曇氏の拠点が上町台地側にあったとも推定される。
世帯数と人口
2019年(平成31年)3月31日現在の世帯数と人口は以下の通り。
人口の変遷
国勢調査による人口の推移。
世帯数の変遷
国勢調査による世帯数の推移。
事業所
2016年(平成28年)現在の経済センサス調査による事業所数と従業員数は以下の通り。
施設
榎木大明神 - エノキさんの別称で知られる。
直木三十五文学碑/安堂寺橋 - 西側に隣接する松屋町と南船場を結ぶ。
かつて存在した施設/Cominix 旧本社鉄道
谷町六丁目駅 Osaka Metro 谷町線・長堀鶴見緑地線/松屋町駅 Osaka Metro長堀鶴見緑地線
道路
高速道路/阪神高速1号環状線 高津入口/国道/国道308号(長堀通)/主要地方道/大阪府道30号大阪和泉泉南線(谷町筋)/上町筋
出身者
植村清二 - 東洋史学者/直木三十五 - 小説家/蘭英斎芦国 - 浮世絵師/長谷川貞信 - 浮世絵師/桂萬光 (2代目) - 落語家/阿曇刀 - 奈良時代の貴族
日本郵便
〒542-0061(集配局:大阪南郵便局)
関連項目
安堂寺町
外部リンク
中央区
関連ページ
【参考】
町域名に「安堂寺町」が含まれている住所一覧
- 同じ町域内で複数の郵便番号がある場合、別々にリスト表示しています。