「愛知県 豊田市 折平町」について
郵便番号 | 〒470-0464 |
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住所 | 愛知県 豊田市 折平町 |
読み方 | あいちけん とよたし おりだいらちょう |
この地域の 公式HP |
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地図 | |
地方公共 団体コード |
23211 |
最寄り駅 (基準:地域中心部) |
− |
- 「愛知県 豊田市 折平町」の読み方は「あいちけん とよたし おりだいらちょう」です。
- 「愛知県 豊田市 折平町」の郵便番号は「〒470-0464」です。
- 「愛知県 豊田市」の地方公共団体コードは「23211」です。
「折平町」の概要 from Wikipedia
折平町(おりだいらちょう)は、愛知県豊田市の町名。
概要
豊田市の北西部に位置し、藤岡地区(旧西加茂郡藤岡町の町域にほぼ相当する)に属する。
町域西部で尾張国(現瀬戸市)と接し、戸越峠(とごしとうげ)を擁する外越道が往時より瀬戸との交通の要であった。現在では主要地方道である愛知県道33号瀬戸設楽線が戸越峠を越える。町域南東部では主要地方道に愛知県道350号北一色東広瀬線と愛知県道353号大平折平線が接合し、人家及び町の中心部はこのあたりに広がっている。そのほか、町域北部、北西部、西部は広大な山林が広がり、北曽木町にほど近い瀬戸市との境界線上に折平山(628.3m)がそびえる。町域南部を飯野川支流である折平川が東進し、町域東部で屋敷川が、町域西部では西屋敷川が、それぞれ折平川に注いでいる。
明治中期に主要地方道が開通し、沿道に鉄工場やろうそく工場が立地した。また大正期から昭和初期にかけて、陶土の原料となる石粉の生産が盛んであったという。沿革
江戸期- 寛永期の『三河国村々高附』においては「加茂郡柳平村」、天保期の郷帳においては「加茂郡折平村」という表記が見受けられる。
1635年(寛永12年)当時- 幕府領であった。
1697年(元禄10年)- 旗本沼間氏の知行地となる(1701年(元禄14年)まで)。
1868年(明治元年)- 三河吉田藩領となる。
なお文献によっては1705年(宝永2年)頃に三河吉田藩領となったとする記述もある。
1871年(明治4年)- 大区小区制施行により、第4大区第3小区に所属する。
1878年(明治11年)- 郡区町村編制法施行により、加茂郡が西加茂郡と東加茂郡に分割される。これに伴い、折平村の所属が加茂郡から西加茂郡に変更される。
1884年(明治17年)7月- 戸長役場設置に伴い、折平村、石畳村(いしだたみむら)、大岩村(おおいわむら)、上渡合村(かみどあいむら)、木瀬村(きせむら)、三箇村(さんがむら)、白川村(しらかわむら)、西市野々村(にしいちののむら)、北曽木村(ほくそぎむら)の9村が同組に組み込まれる。
1889年(明治22年)10月1日- 市制・町村制施行に伴い、折平村、石畳村、大岩村、上渡合村、木瀬村、三箇村、白川村、西市野々村、北曽木村の9村が合併して西加茂郡高岡村が誕生し、折平村は高岡村大字折平に継承される。
1906年(明治39年)4月1日- 高岡村、富貴下村の内3大字、藤河村が合併して藤岡村が誕生し、高岡村大字折平は藤岡村大字折平に継承される。
1978年(昭和53年)4月1日- 藤岡村の町制施行に伴い、住所表示が藤岡町大字折平に変更される。
2005年(平成17年)4月1日- 藤岡町の豊田市への編入に伴い、住所表示が豊田市折平町に変更される。その他
藤岡町誌によれば、村の始まりは、元和期に大坂夏の陣において豊臣方につき敗走した田中弥兵衛が、従者と共に大釜の薮沢に隠れ住んだことがきっかけだという。
世帯数と人口
2019年(令和元年)7月1日現在の世帯数と人口は以下の通り。
人口の変遷
国勢調査による人口の推移
学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる。
寺社
八柱神社/元亀年間の勧進と伝わる。「三州加茂郡高橋庄」と記された1686年(貞享3年)の棟札が伝わっている。はじめ八王子社と言われていたが、明治に入り八柱神社と改称したという。
曹洞宗永平寺末向陽寺/山号は恵日山。本尊は聖観世音菩薩。永禄年間以前に開基したとされ、1731年(享保16年)に開山。境内には竜尾木と呼ばれる古木が残る。また母乳地蔵と呼ばれる地蔵尊(1810年(文化7年)の銘)があり、乳児の健やかな成長を祈り、布で形作った乳房を奉納する。天然記念物
折平のコウヨウサン/豊田市指定文化財。1974年(昭和49年)2月10日指定。向陽寺が管理。
名木
ブナ科ツブラジイ/豊田市指定名木。樹高15.0m、樹齢200年以上。所在地は折平町姓敷。
散布地
内屋敷遺跡- 縄文時代/落田上・落田下遺跡- 縄文時代/中屋敷遺跡- 中世
城館跡
折平城跡- 中世/所在地は折平町内屋敷。東西41m、南北10.5m。本丸、二の丸、空堀などの遺構が残る。
その他墓
六部塚/西加茂郡誌によれば、直径3mほどの円墳が残っている。
日本郵便
郵便番号 : 470-0464(集配局:藤岡郵便局)。
参考文献
「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典 23 愛知県』角川書店、1989年3月8日。ISBN 4-04-001230-5。 /有限会社平凡社地方資料センター 編『日本歴史地名体系第23巻 愛知県の地名』平凡社、1981年。ISBN 4-582-49023-9。 /『豊田加茂7市町村の合併の記録』、豊田市、2005年。
深津重貞 「豊田加茂の地名」、1991年。