郵便番号 350-1166
住所 埼玉県 川越市 藤倉
読み方 さいたまけん かわごえし ふじくら
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地図

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地方公共
団体コード
11201
最寄り駅
(基準:地域中心部)
  • 南大塚駅(西武新宿線)
     …距離:2.1km(徒歩25分)
  • 新狭山駅(西武新宿線)
     …距離:3km(徒歩37分)
  • 的場駅(JR在来線)
     …距離:3.4km(徒歩42分)
周辺の施設、
ランドマーク等
  • 市民の森第8号《近隣公園》
  • 川越市立大東西小学校《小学校》
  • 川越市立大東西中学校《中学校》
  • ヤスノC&C川越店《スーパーマーケット》
  • リキゴルフコース《ゴルフ場》
  • ワイショップ川越マルシェ店《コンビニ》
  • コスモ石油川越卸売市場SS《ガソリンスタンド》
  • 埼玉県 川越市 藤倉」の読み方は「さいたまけん かわごえし ふじくら」です。
  • 埼玉県 川越市 藤倉」の郵便番号は「350-1166」です。
  • 埼玉県 川越市」の地方公共団体コードは「11201」です。

「藤倉(川越市)」の概要 from Wikipedia

藤倉(ふじくら)は、埼玉県川越市の町名および大字。現行行政地名は藤倉一丁目から藤倉二丁目および大字藤倉。住居表示未実施地区。郵便番号は350-1166。

地理

川越市の西部の入間川右岸側の沖積平野に位置する平坦でやや歪な形の地域。南部の一部は武蔵野台地の縁に位置する。
東側で大字山城やかし野台、南側で狭山市新狭山や同市大字下奥富、西側で大字桝形、北側で大字日東町や大字山城の飛地や大字大袋新田と隣接する。
大字藤倉は日東町の北側、およびまきば保育所の南方付近の大小二箇所存在する。大きい方は飛地で大字大袋とも隣接する。
二丁目の国道16号周辺が市街化区域で準工業地域に指定された戸建ての住宅地となっているが、残りの大半が市街化調整区域に指定された、水田などの農地が多い農業地域となっている。また、葡萄や梨などの果樹も多く栽培されている。その農地は耕地整理(圃場整備)されておらず、区画が不整形。地内の低地には多数の河道跡があり、ほぼ全域が扇状地や氾濫平野の中の微高地で。地区の南辺の低地を赤間川が流れ、他にはいくつもの小河川も流れている。
集落は南北にある河川を避けるように、藤倉の中央部を北東から南西にかけて帯状に分布する。

河川

赤間川 - 新河岸川の流頭部。
中川 - 北西端部を流れる。

歴史

もとは江戸期より存在した武蔵国入間郡に属する藤倉村であった。古くは葛茂川荘八瀬里のうちにあったと云う。地名は大塚村(現在の南大塚)の名主である藤倉大膳が当地を開拓したことに因む。慶長期の頃までは藤倉新田とも呼ばれていたと云う。村高は『武蔵田園簿』によると34石(田12石余、畑21石余)、『元禄郷帳』によると119石余、『天保郷帳』によると206石余であった。検地は1648年(慶安元年)に実施。化政期の戸数は30軒余で、村の規模は不明。堀兼村や青柳村や大塚村や豊田本村に飛地を領していた。
米、大麦、大豆、鶏卵、繭、藍葉のほか、二子織や結城織などを産出していた。
はじめは幕府領で、1639年(寛永16年)より川越藩領となる。1704年(宝永元年)より知行は旗本米津氏となるが1743年(寛保3年)より幕府領となる。1763年(宝暦13年)より知行は一部が旗本山本氏となるが、その残部が1787年(天明7年)より川越藩領となる。
幕末の時点では入間郡に属し、明治初年の『旧高旧領取調帳』の記載によると、川越藩領および旗本山本徳三郎の知行であった。
1868年(慶応4年)6月20日 - 旗本知行地が武蔵知県事・松村長為(忠四郎)の管轄となる。
1869年(明治2年)/2月9日 - 武蔵知県事・古賀定雄の管轄区域に品川県を設置、旧旗本知行地が同県の管轄となる。
4月10日 - 管轄地域の交換が行われたため、旧旗本知行地が品川県から韮山県に移管となり(実際の実施は同年8月7日)、同県の管轄となる。
1871年(明治4年)/7月14日 - 廃藩置県を迎え、川越藩領分が川越県の管轄となる。
11月14日 - 第1次府県統合により、川越県および韮山県が廃止され、入間県の管轄となる/1873年(明治6年)6月15日 - 入間県が群馬県(第1期)と合併し、熊谷県の管轄となる。
1876年(明治9年)8月21日 - 第2次府県統合により、埼玉県の管轄となる。
1879年(明治12年)3月17日 - 郡区町村編制法により成立した入間郡に属す。郡役所は川越町に設置。
1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、藤倉村が大塚新田村、南大塚村、豊田新田、池辺村と合併して大田村となり、大田村の大字藤倉となる。
1943年(昭和18年)11月3日 - 大田村が日東村と合併し、大東村の大字となる。
1947年(昭和22年)4月1日 - 地内に川越市立大東中学校が創立される。
1955年(昭和30年)4月1日 - 大東村が川越市に編入され、川越市の大字となる。
1965年(昭和40年) - 藤倉の一部が分離され、狭山市に編入される。
1966年(昭和41年)2月1日 - 町名地番整理が実施され、藤倉の一部が分離され、南台(一丁目)、および狭山市新狭山の一部となる。
1969年(昭和44年) - 地内に市営藤倉住宅が建設される。
1975年(昭和50年)4月 - 地内に埼玉県立川越南高等学校が創立される。
1987年(昭和62年)4月1日 - 地内に川越市立大東西中学校が設立される。
1998年(平成10年)2月16日 - 町名地番整理事業を実施。藤倉の一部が分離され、日東町の一部となる。
2008年(平成20年)3月31日 - 町名地番整理事業を実施。藤倉の一部が分離され、南大塚一丁目の一部となる。これにより川越市立大東中学校や埼玉県立川越南高等学校が、大字藤倉の区域から外れる。
2010年(平成22年)3月8日 - 町名地番整理事業を実施。藤倉の一部が分離され、かし野台の一部となる。
2016年(平成28年)3月7日 - 町名地番整理事業を実施。大字藤倉、大字大袋新田、大字大袋、大字山城、大字増形の各一部より藤倉一丁目・二丁目が成立する。
2019年(平成31年)3月4日 - 町名地番整理事業を実施。藤倉の一部が分離され、豊田本五丁目の一部となる。

世帯数と人口

2026年(令和8年)1月1日現在の世帯数と人口は以下の通り。

小・中学校の学区

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる。

交通

地区内に鉄道は敷設されていない。

道路

国道16号/入間川街道 - 国道16号の旧道

バス

地区内に路線バスの路線は設定されていない。
市内循環バス「川越シャトル」/23系統のコミュニティバスが設定され、「藤倉」「八瀬の里入口」バス停留所が設置されている。

施設など

一丁目/川越市立大東西中学校/まきば保育園/藤倉天神社/藤倉自治会館/天神社児童遊園/二丁目/猪鼻自治会館/ひかりの子認定こども園/下二階公園/大字/埼玉川越総合卸売市場(一部)/特別養護老人ホーム八瀬の里(一部)/川越市民の森第8号(一部)

参考文献

「角川日本地名大辞典」編纂委員会『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』角川書店、1980年7月8日。ISBN 4040011104。 /旧高旧領取調帳データベース

関連項目

川越市の町名/川越市内の通り/埼玉県第7区

外部リンク

川越市公式ホームページ/小江戸川越マップ/今昔マップ on the web

…(2,682文字)

関連ページ

【参考】
町域名に「藤倉」が含まれている住所一覧

検索ヒット数:5件
都道府県 市区町村 町域.
4宮城県 しおがまし塩竈市 ふじくら藤倉
11埼玉県 かわごえし川越市 ふじくら藤倉
11埼玉県 ちちぶぐんおがのまち秩父郡小鹿野町 ふじくら藤倉
15新潟県 とおかまちし十日町市 まつのやまふじくら松之山藤倉
21岐阜県 やまがたし山県市 ふじくら藤倉
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