「埼玉県 川越市 豊田本」について
| 郵便番号 | 〒350-1118 |
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| 住所 | 埼玉県 川越市 豊田本 |
| 読み方 | さいたまけん かわごえし とよだほん |
| この地域の 公式HP |
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| 地図 | |
| 地方公共 団体コード |
11201 |
| 最寄り駅 (基準:地域中心部) |
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| 周辺の施設、 ランドマーク等 |
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- 「埼玉県 川越市 豊田本」の読み方は「さいたまけん かわごえし とよだほん」です。
- 「埼玉県 川越市 豊田本」の郵便番号は「〒350-1118」です。
- 「埼玉県 川越市」の地方公共団体コードは「11201」です。
- ■f03: 丁目を有する町域。
- 郵便番号を設定した町域(大字)が複数の小字を有しており、各小字毎に番地が起番されているため、町域(郵便番号)と番地だけでは住所が特定できない町域。
「豊田本」の概要 from Wikipedia
豊田本(とよだほん)は、埼玉県川越市の町名および大字。現行行政地名は豊田本一丁目から豊田本五丁目および大字豊田本。住居表示未実施地区。郵便番号は350-1118。
地理
川越市中央部の入間川右岸側の沖積平野に位置する平坦な地域。
東側で上野田町や寿町、南側で豊田町や大字豊田新田や南大塚や大字大袋、西側で大字池辺や大字砂久保や元町、北側で大字小ケ谷や大字小室や大字野田の飛地と隣接する。
大字豊田本は山村学園高等学校野田グラウンド隣接地、および曹洞宗福昌寺(大字大袋新田817)付近の大小二箇所存在する。何れも三角形の区域で、南側の広い方は武蔵野台地上の飛地となっており、大字大袋新田とも隣接する。
飛地の大字豊田本が市街化区域で第一種住居地域および第一種中高層住居専用地域に指定された戸建ての住宅が建ち並ぶ住宅地となっている。残りの大部分は市街化調整区域に指定されている。地内は網の目のように多数の河道跡があり、ほぼ全域が扇状地や氾濫平野の中の微高地で、水田などの農地が多い農業地域となっている。その農地は耕地整理(圃場整備)されておらず、区画が不整形で境界(畔)が入り組んでいる。
地区の南辺の低地を赤間川が流れ、他にいくつもの小河川も流れている。集落は南北に縦貫する市道の大田街道に沿ってやや広い帯状に分布する。
地内に古墳時代後期の古墳群である豊田本古墳群(南大塚古墳群の豊田本支群)がある。地価
住宅地の地価は、2025年(令和7年)の都道府県地価調査によれば、豊田本三丁目15番1外の地点で3万5,600円/m2となっている。
河川
赤間川 - 新河岸川の流頭部。
前川 - 地区の北部を流れる。歴史
もとは江戸期より存在した武蔵国入間郡河越領に属する豊田本村であった。古くは山田荘のうちにあったと云う。豊田本は『元禄郷帳』では豊田元とも記された。地名は小笠原安元の家臣である豊田隼人が当地を開拓したことに因む。
村高は『武蔵田園簿』によると531石(田220石、畑311石)、『元禄郷帳』によると564石、『天保郷帳』によると906石余であった。検地時期は不明。化政期の戸数は120軒で、村の規模は東西20町、南北13町余であった。村内には川越より八王子宿に通じる往還が通っていた。米や大麦、大豆、鶏卵を産出していた。
地区の境界線は南西部で豊田新田や大袋新田や藤倉などの飛地と複雑に錯綜していたが、後年の町名地番整理により関越自動車道付近を除き、概ね解消している。
はじめは旗本3氏(稲富・蜂谷・柘植氏)の知行による相給で、元禄年間より幕府領で経過する。
幕末の時点では入間郡に属し、明治初年の『旧高旧領取調帳』の記載によると、川越藩領であった。
1871年(明治4年)/7月14日 - 廃藩置県を迎え、川越県の管轄となる。
11月14日 - 第1次府県統合により、川越県が廃止され、入間県の管轄となる/1873年(明治6年)/6月15日 - 入間県が群馬県(第1期)と合併し、熊谷県の管轄となる。
月日不明 - 善長寺の境内を仮用して公立小学校が開校する。
1876年(明治9年)8月21日 - 第2次府県統合により、埼玉県の管轄となる。
1879年(明治12年)3月17日 - 郡区町村編制法により成立した入間郡に属す。郡役所は川越町に設置。
1889年(明治22年)4月1日 - 豊田本村が大塚新田村、南大塚村、豊田新田、池辺村と合併して大田村となり、大田村の大字豊田本となる。
1925年(大正14年)2月15日 - 地内に入間川で採取された砂利を運搬する砂利線(西武安比奈線)が敷設され、開業した。
1943年(昭和18年)11月3日 - 大田村が日東村と合併し、大東村の大字となる。地内に大東村役場を設置。
1955年(昭和30年)4月1日 - 大東村が川越市に編入され、川越市の大字となる。地内の大東村役場は大東支所(大東出張所)に変更される。
1966年(昭和41年) - 地内に川越豊田本郵便局(現、川越寿町郵便局)が開局する。
1967年(昭和42年)6月1日 - 町名地番整理が実施され、大字豊田本の一部が寿町の一部となる。
1968年(昭和43年) - 地内の大東出張所脇の場所に川越市立大東保育園が開園する。
2000年(平成12年) - 豊田本1373番地に尚美学園大学川越キャンパスが開設される。
2002年(平成14年)/1月28日 - 町名地番整理事業を実施。大字豊田本の一部が豊田町の一部となる。これにより尚美学園大学川越キャンパスが大字豊田本の区域から外れる。
4月 - 川越市立大東保育園が地内の現在地に新築移転する。
2008年(平成20年)3月31日 - 町名地番整理が実施され、大字豊田本の一部が南大塚一丁目の一部となる。これにより大東出張所が大字豊田本の区域から外れる。
2009年(平成21年)3月9日 - 町名地番整理が実施され、大字豊田本の一部が南大塚二丁目の一部となる。
2011年(平成23年)/3月7日 - 町名地番整理が実施され、大字豊田本の一部が大塚一丁目の一部となる。
4月1日 - 地内にあゆみ保育園が開園する。
2014年(平成26年)/5月 - 大東出張所が大東市民センターと名を変えて地内に移転する。また、大東出張所に併設の大東公民館も地内に移転する。
6月25日 - 地内に埼玉県鳥獣保護センターが開設される。
2017年(平成29年)3月6日 - 町名地番整理が実施され、大字豊田本の一部および大字小室、大字野田の各一部より豊田本一丁目・二丁目が成立する。
2017年(平成29年)5月31日 - 地内を通る休止状態となっていた西武安比奈線が正式に廃止される。
2018年(平成30年)3月5日 - 町名地番整理が実施され、大字豊田本の一部および大字池辺大字豊田新田の各一部より豊田本三丁目・四丁目が成立する。
2019年(平成31年)3月4日 - 町名地番整理が実施され、大字豊田本の一部および大字豊田新田、大字藤倉の各一部より豊田本五丁目が成立する。世帯数と人口
2026年(令和8年)1月1日現在の世帯数と人口は以下の通り。
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる。
交通
地区内に鉄道は敷設されていない。最寄り駅はJR川越線西川越駅で、豊田本三丁目15番1外の地点の地点よりおよそ1,400 m離れている。なお、大字豊田本の北側境界線上をかつて西武安比奈線が通っていた。廃線跡が残る。
道路
関越自動車道/水上公園通り/大田街道/入間川街道 - 飛地を通過する
バス
西武バス川越営業所/地区内に川越35・川越36系統(本川越駅・川越駅西口 - 法務局 - 尚美学園大学・かすみ野)の路線バスが設定され、「法務局」「尚美学園大学」「豊田本」バス停留所が設置されている。
市内循環バス「川越シャトル」/22系統・23系統のコミュニティバスが設定され、「大東東小」「大東市民センター」バス停留所が設置されている。施設など
大字豊田本には住宅と民間施設で占められており、特に目立った施設は存在しない。
一丁目/川越合同庁舎/さいたま地方法務局 川越支局/川越公共職業安定所(ハローワーク川越)/山村学園高等学校野田グラウンド/あゆみ保育園/二丁目/薬師堂/薬師堂児童遊園/三丁目/曹洞宗善長寺/西会児童遊園/四丁目/川越市立大東東小学校/白髭神社/白髭神社児童遊園/豊田本公民館/JAいるま野大東支店/五丁目/川越市大東市民センター・大東公民館/埼玉県鳥獣保護センター/埼玉県立川越南高等学校(所在地は南大塚。グラウンドのみ立地)/川越市立大東保育園参考文献
「角川日本地名大辞典」編纂委員会『角川日本地名大辞典 11 埼玉県』角川書店、1980年7月8日。ISBN 4040011104。 /旧高旧領取調帳データベース
関連項目
川越市の町名/川越市内の通り/埼玉県第7区
外部リンク
川越市公式ホームページ/小江戸川越マップ/今昔マップ on the web
関連ページ
【参考】
町域名に「豊田本」が含まれている住所一覧
- 同じ町域内で複数の郵便番号がある場合、別々にリスト表示しています。