郵便番号 446-0053
住所 愛知県 安城市 高棚町
読み方 あいちけん あんじょうし たかたなちょう
この地域の
公式HP
地図

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地方公共
団体コード
23212
最寄り駅
(基準:地域中心部)
  • 吉浜(愛知県)駅(名古屋鉄道)
     …距離:4km(徒歩49分)
  • 三河高浜駅(名古屋鉄道)
     …距離:4km(徒歩50分)
  • 小垣江駅(名古屋鉄道)
     …距離:4.1km(徒歩50分)
周辺の施設、
ランドマーク等
  • JAあいち中央高棚支店《銀行その他》
  • 高棚簡易郵便局《郵便局》
  • 安城市立高棚小学校《小学校》
  • まいどおおきに食堂安城高棚食堂《ファミリーレストラン》
  • スギドラッグ高棚店《ドラッグストア》
  • フィールでっかいどう!!《スーパーマーケット》
  • エネオス高棚SS《ガソリンスタンド》
  • ユニーオイル安城高棚SS《ガソリンスタンド》
  • 愛知県 安城市 高棚町」の読み方は「あいちけん あんじょうし たかたなちょう」です。
  • 愛知県 安城市 高棚町」の郵便番号は「446-0053」です。
  • 愛知県 安城市」の地方公共団体コードは「23212」です。
補足事項
■f02: 小字毎に番地が起番されている町域。

「高棚町」の概要 from Wikipedia

…(1,910文字)

高棚町(たかたなちょう)は、愛知県安城市の地名。

地理

安城市西部に位置する。東は榎前町・福釜町、西は高浜市、北は刈谷市、南西は碧南市に接する。

学区

市立小・中学校に通う場合、学校等は以下の通りとなる。また、公立高等学校に通う場合の学区は以下の通りとなる。

河川

芦池用水/稗田川

古代・中世

高棚町周辺は平安時代には三河国碧海郡の寄進地系荘園である志貴荘に属していた。応永16年(1409年)に記された『熊野道者日記』には「一所高取郷 同高棚」との記述があり、この頃までに「高棚」の地名が見られる。中世を通じて当地は志貴荘の構成村落の一つであり、安城(安祥)地方の歴史に組み込まれていったと考えられる。

近世(江戸時代)

江戸時代には三河国碧海郡高棚村として存続した。当初は刈谷藩領に属していたが、寛政4年(1792年)に刈谷藩主土井利制が処分を受けた際、領地の一部が陸奥国の福島藩預かりとなり、高棚村も刈谷藩領と福島藩領および幕府直轄領に二分割された。その後、文化11年(1814年)に幕府領となっていた部分が刈谷藩に戻され、幕末まで高棚村のうち刈谷藩領と福島藩領が併存したkotobank.jp。嘉永3年(1850年)には福島藩領の一部が幕府直轄領に移管されるなど領主支配に変遷があったとされる。明治元年(1868年)以降、旧福島藩主板倉勝達が領する陸奥福島藩の三河国内飛地領は三河国重原藩として立藩され、高棚村もその版籍に組み込まれた(重原藩領における高棚村石高は475石)。明治2年(1869年)の版籍奉還と明治4年(1871年)の廃藩置県によって重原藩領だった区域は額田県を経て愛知県に編入され、旧刈谷藩領だった区域とともに行政上統合された。

近代・現代

明治初期の町村制施行に伴い、1889年(明治22年)10月1日に高棚村は榎前村と合併して新たに高棚村(大字高棚・大字榎前)となった。しかし翌1890年(明治23年)10月20日付で榎前村が分立(独立)したため、高棚村は再び単独の村となり、このとき大字高棚の表記が廃止されているuub.jp。その後、明治末期の町村統合で、1906年(明治39年)5月1日付で高棚村は周辺の依東郷村・半高村などと合併し依佐美村の大字高棚となった。依佐美村は昭和期まで続いたが、1955年(昭和30年)4月1日に安城市へ編入合併され、高棚は安城市大字高棚となった。翌1956年7月1日に安城市内の町名町界整理により大字高棚が改称され、現在の安城市高棚町が成立した。
高棚地区は古くから農業用ため池の多い低湿地帯であった。元禄15年(1702年)の絵図には芦池・新池・蛭池・柿池など多数の池が描かれている。しかし明治期に入ると明治用水の開削(用水路建設)によって用水供給が改善し、1880年(明治13年)の明治用水完成後は多くのため池が灌漑施設として不要となった。不要となった池は国から出資者に払い下げられて順次開墾され、水田へ転用されている。こうした大規模農業用水の整備に尽力した石川喜平の頌徳碑・銅像が高棚町内に建立されており、地域の開発史を伝える史跡となっている。

人口の変遷

国勢調査による人口および世帯数の推移。

沿革

江戸時代 - 三河国碧海郡高棚村が所在。当初は刈谷藩領。
寛政4年 - 陸奥福島藩領および幕府領に分割される。
文化11年 - 幕府領となった部分についてが刈谷藩領に戻る。
嘉永3年 - 福島藩領の一部が幕府領となる。
1869年(明治2年) - 福島藩が重原藩と改称したことにより、福島藩領の残部は重原藩領となる。
1889年(明治22年) - 高棚村は榎前村と合併し、碧海郡高棚村大字高となる。
1890年(明治23年) - 榎前村が再び独立したため、高棚村は大字を廃止。
1906年(明治39年) - 依佐美村大字高棚となる。
1955年(昭和30年) - 安城市大字高棚となる。
1956年(昭和31年) - 安城市高棚町が成立。

交通

国道23号バイパス(名豊道路)/愛知県道南中根小垣江線/愛知県道岡崎半田線/愛知県道小垣江安城線

施設

安城市立高棚小学校/第二慈恵幼稚園/高棚保育園/デンソー高棚製作所/久田製作所/石川喜平像/石川喜平頌徳碑/真宗大谷派空臨寺/神明神社

参考文献

「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典 23 愛知県』角川書店、1989年3月8日。ISBN 4-04-001230-5。

関連項目

安城市の町名

外部リンク

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