「群馬県 前橋市 天川大島町」について
郵便番号 | 〒379-2154 |
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住所 | 群馬県 前橋市 天川大島町 |
読み方 | ぐんまけん まえばしし あまがわおおしままち |
この地域の 公式HP |
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地図 | |
地方公共 団体コード |
10201 |
最寄り駅 (基準:地域中心部) |
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周辺の施設、 ランドマーク等 |
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- 「群馬県 前橋市 天川大島町」の読み方は「ぐんまけん まえばしし あまがわおおしままち」です。
- 「群馬県 前橋市 天川大島町」の郵便番号は「〒379-2154」です。
- 「群馬県 前橋市」の地方公共団体コードは「10201」です。
- ■f03: 丁目を有する町域。
- 郵便番号を設定した町域(大字)が複数の小字を有しており、各小字毎に番地が起番されているため、町域(郵便番号)と番地だけでは住所が特定できない町域。
「天川大島町」の概要 from Wikipedia
天川大島町(あまがわおおしままち)は、群馬県前橋市の地名。2013年現在の面積は2.06km2。丁目表示のない天川大島町及び天川大島町一 - 三丁目が設置されている。郵便番号 379-2154。住所にはないが、分け方として、丁目のある住所は『原町』、無いところは『本町』 または、『住宅』という。
地理
JR前橋大島駅より西側の両毛線に沿って南北に広がる地域。中央を北西から南東に両毛線が貫く。前橋大島駅周辺は木材関連の工場や施設が集積し、隣接する上大島町に跨って東前橋工業団地(通称木工団地)を形成している。両毛線と国道50号に挟まれた地域は住宅地として利用されている。
北西から南東にかけて走る前橋館林線はこの地域のみならず、周辺の地域、自治体にとっても重要な道路であり、日中の交通量は常に多い。にもかかわらず館林方面から天川大島町に入ったところで片側二車線から一車線に減線し、又、その先の天川大島町交差点がやや複雑な形態をしていることも相まって、この区間は慢性的に渋滞が発生していたが、1999年の前橋大島駅開業の前後から駅南側エリアの道路拡幅が順次行われそれも徐々に解消しつつある。天川大島町交差点から木工団地入口交差点付近にかけて、中央分離帯や道路わきに松(黒松)が植えられており、周辺住民からは松並木と呼ばれている。松並木は元々処刑場のあった場所で天川大島町交差点付近にひっそり建つ石碑にその名残を見ることができる。河川
広瀬川
隣接地区
北は西片貝町、東片貝町に、東は野中町、上大島町、下大島町に、南は広瀬町に、西は朝日町、文京町、天川町、朝倉町に接する。
歴史
江戸時代頃からある地名であり、前橋藩領だった。もとは天川村と一村で、元禄年間頃に分村した。
年表
1889年4月1日 町村制施行により、天川大島村は上大島村、女屋村、上長磯村、東上野村、野中村、下長磯村、小島田村、小屋原村、下大島村、笂井村、上増田村、下増田村、駒形新田と合併し南勢多郡木瀬村が成立する。
1896年4月1日 南勢多郡と東群馬郡が統合し勢多郡となる。
1955年4月1日 木瀬村の一部の天川大島、上大島、女屋、上長磯、東上野、野中が前橋市へ編入される。そのため前橋市天川大島町となる。
1977年 一部が西片貝町四丁目、西片貝町五丁目となる。また、西片貝町、東片貝町、野中町と天川大島町の各一部が合併し、天川大島町一丁目、天川大島町二丁目が成立する。
1985年 一部が上大島町となる。また、西片貝町、東片貝町、野中町と天川大島町の各一部が合併し、天川大島町三丁目が成立する。世帯数と人口
2017年(平成29年)8月31日現在の世帯数と人口は以下の通り。
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる。
鉄道
JR東日本両毛線前橋大島駅
道路
国道は北部に国道50号が通っている。県道は両毛線に平行して群馬県道2号前橋館林線(駒形バイパス)が通っている。また、東部バイパスが通っている。
施設
前橋大島駅/前橋天川自動車教習所/東前橋工業団地/前橋東警察署/群馬県赤十字血液センター/前橋公共職業安定所(ハローワークまえばし)
参考文献
「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典 10 群馬県』角川書店、1988年7月8日。ISBN 4-04-001100-7。
外部リンク
前橋市 HP