「愛知県 日進市 蟹甲町」について
郵便番号 | 〒470-0122 |
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住所 | 愛知県 日進市 蟹甲町 |
読み方 | あいちけん にっしんし かにこうちょう |
この地域の 公式HP |
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地図 | |
地方公共 団体コード |
23230 |
最寄り駅 (基準:地域中心部) |
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周辺の施設、 ランドマーク等 |
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- 「愛知県 日進市 蟹甲町」の読み方は「あいちけん にっしんし かにこうちょう」です。
- 「愛知県 日進市 蟹甲町」の郵便番号は「〒470-0122」です。
- 「愛知県 日進市」の地方公共団体コードは「23230」です。
- ■f02: 小字毎に番地が起番されている町域。
「蟹甲町」の概要 from Wikipedia
蟹甲町(かにこうちょう)は、愛知県日進市の町名。5の小字が存在する。
地理
日進市中央部に位置し、東は藤枝町、西は野方町、南は折戸町・東山、北は本郷町に接する。
市制施行前は「蟹甲新田」と呼ばれていた。『尾張国地名考』によると、「蟹甲」はかつては「がんのこ」と発音されることもあり、「雁甲」や「雁子」とも表記されていた。
日進村発足時に当地に村役場が置かれ、以来周辺に公共施設が立ち並ぶようになった。現在も日進市役所をはじめとして、日進市における行政の中心地域となっているほか、農地も残っている。河川
天白川(本郷橋・中央橋・新本郷橋)
字一覧
出典 : /家布(いえふ)/池下(いけした)/浅間下(せんげんした)/中島(なかじま)/中屋敷(なかやしき)
歴史
愛知郡蟹甲新田村を前身とする。江戸期は藤枝村の枝郷として存在していた。宝暦8年の資料に庄屋の名が見られ、その頃から村に準じた扱いになっていたとされる。
町名の由来
『日進町誌』には、町域の形状が蟹の甲羅のような形をしていることに由来すると思われるが定かではない旨記載されている。
沿革
1873年(明治6年)4月 - 藤枝村の一部より蟹甲新田村が分立。
1889年(明治22年)10月1日 - 町村制施行・合併に伴い、愛知郡香久山村大字蟹甲新田となる。
1906年(明治39年)5月10日 - 香久山村が岩崎村、白山村と合併して日進村が成立し、同村大字蟹甲新田となる。
1958年(昭和33年)1月1日 - 町制施行に伴い、日進町大字蟹甲新田となる。
1991年(平成3年)9月17日 - 一部が東山となる。
1994年(平成6年)10月1日 - 市制施行に伴い、日進市蟹甲町に改称。世帯数と人口
2019年(令和元年)7月1日現在の世帯数と人口は以下の通り。
人口の変遷
国勢調査による人口の推移
学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる。また、公立高等学校に通う場合の学区は以下の通りとなる。
施設
日進市役所/本庁舎、北庁舎、南庁舎で構成される。本庁舎は、日進町時代の1979年(昭和54年)に新たな町役場として竣工した建物。
北庁舎は、もとは1962年(昭和37年)に竣工した先代の町役場庁舎で、地上3階建て。庁舎移転後の1980年に日進町社会文化センター、1989年(平成元年)からは日進町立図書館(日進市立図書館)となり、図書館移転後の2011年(平成23年)からは市役所北庁舎として使用されている。
日進市シルバー人材センター/日進市立図書館/日進市中央福祉センター/日進市中央環境センター(エコドーム)/日進市商工会議所/にぎわい交流館/日進郵便局/JAあいち尾東本店・日進支店/名古屋銀行日進支店/マリオン日進店/中部電力パワーグリッド蟹甲変電所/NTT西日本日進電話交換所/日進市スポーツセンター/伊藤ダンボール工業所日進工場/光明寺/曹洞宗の寺院。本尊は釈迦牟尼仏。交通
愛知県道57号瀬戸大府東海線/愛知県道58号名古屋豊田線(飯田街道)
日本郵便
郵便番号 : 470-0122(集配局:日進郵便局)。
参考文献
日進町誌編纂委員会 編『愛知県日進町誌 本文編』日進町誌編纂委員会、1983年。 /「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典 23 愛知県』角川書店、1989年。
外部リンク
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