「沖縄県 石垣市 登野城」について
| 郵便番号 | 〒907-0004 |
|---|---|
| 住所 | 沖縄県 石垣市 登野城 |
| 読み方 | おきなわけん いしがきし とのしろ |
| この地域の 公式HP |
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| 地図 | |
| 地方公共 団体コード |
47207 |
| 人口・年齢構成 (令和2年国勢調査) |
字登野城の数値
出典:総務省統計局「令和2年国勢調査 小地域集計(町丁・字等別)」を当サイトで集計・加工。 町丁・字等の区域は郵便番号の町域と完全には一致しません。 |
| 最寄り駅 (基準:地域中心部) |
− |
| 最寄りの避難場所、 避難所 |
指定緊急避難場所
指定避難所
出典:国土地理院「指定緊急避難場所・指定避難所データ」(CC BY 4.0)。最新・正式な情報は各市区町村にご確認ください。 |
| 周辺の医療機関 |
診療所
歯科診療所
薬局
出典:厚生労働省「医療情報ネット(ナビイ)オープンデータ」(CC-BY)。最新・正式な情報は各医療機関にご確認ください。 |
| 周辺の介護 サービス事業所 |
介護老人福祉施設(特養)
介護老人保健施設(老健)
認知症対応型共同生活介護(グループホーム)
訪問介護
通所介護(デイサービス)
通所リハビリテーション(デイケア)
居宅介護支援(ケアマネ事業所)
出典:厚生労働省「介護サービス情報公表システム」から抽出したデータ。最新・正式な情報は各事業所にご確認ください。 |
| 不動産の 取引価格 |
登野城で実際に取引された価格(2021年〜2026年)
出典:国土交通省 不動産情報ライブラリ(https://www.reinfolib.mlit.go.jp/)の不動産取引価格情報を当サイトで集計・加工。 個々の取引価格の中央値であり、特定の物件の価格を示すものではありません。「土地と建物」は建物を含む総額のため面積あたりの単価は算出していません。 |
| 周辺の地価公示 価格 |
出典:国土交通省「国土数値情報(地価公示データ)」(2026年、CC BY 4.0)。標準地の価格であり、個別の土地の実勢価格とは異なります。 |
| 地震ハザード 情報 |
今後30年以内に震度6弱以上の揺れに見舞われる確率
14.8% 出典:防災科学技術研究所「J-SHIS地震ハザードステーション」(確率論的地震動予測地図2024年版、平均ケース)。 本情報は参考値であり、将来の地震発生を保証・予測するものではありません。 最新情報はJ-SHIS公式サイトをご確認ください。 |
| 用途地域 |
第1種住居地域 建蔽率:60% 容積率:200% ※国土交通省「国土数値情報(都市計画決定情報データ)」(令和6年度版、CC BY 4.0)より。本データは参考情報であり、建築確認申請等の手続に用いることを保証するものではありません。最新の正確な情報は該当する地方公共団体の担当課までお問い合わせください。
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| 周辺の施設、 ランドマーク等 |
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- 「沖縄県 石垣市 登野城」の読み方は「おきなわけん いしがきし とのしろ」です。
- 「沖縄県 石垣市 登野城」の郵便番号は「〒907-0004」です。
- 「沖縄県 石垣市」の地方公共団体コードは「47207」です。
「登野城」の概要 from Wikipedia
登野城(とのしろ)は、日本の沖縄県石垣市の地名。郵便番号は907-0004。
地理
石垣島中西部に位置する。海岸近くから沖縄県最高峰の於茂登岳(おもとだけ)南側までが含まれる、南北に長く延びた広大な地域。
人口が集中する南部は、石垣市の市街地の一部を形成しており、石垣地方合同庁舎や八重山警察署、那覇地方裁判所石垣支部、沖縄県立八重山高校、石垣市立石垣第二中学校、石垣市立八重山博物館、大濱信泉記念館、石垣市営球場等の公共施設や、株式会社八重山毎日新聞、石垣ケーブルテレビ株式会社等の企業が数多く立地している。
於茂登岳南麓に位置する小字嵩田(たけだ)には、戦前の台湾からの入植や、戦後の沖縄本島等からの入植によって形成された集落があり、パイナップル等の熱帯果樹の栽培が盛ん。
琉球語のうち、沖縄方言等では「城」は「グスク」と読まれるが、石垣島等で話される八重山方言では「スク」と読まれ、登野城も古くは「トノスク」(「トゥヌスク」)と呼ばれていた。歴史
『球陽』によれば1500年に起きたオヤケアカハチの乱では、琉球王府軍の一隊が登野城から進攻したという。海岸近くにはこの乱で王府側についた長田大主の妹真乙姥が戦に勝った王府軍の帰途の無事を祈願したとされる美崎御嶽がある。
琉球王国時代は、当初は石垣間切に、また、1768年からは西側の大川と共に大浜間切(現在の石垣市東部)に属し、石垣間切の石垣・新川と共に石垣四箇字(いしがきしかあざ)の一つに数えられた。正保年間(1645年-1648年)に作成された『宮古・八重山両島絵図帳』では、「殿城村」と表記されている。
1903年(明治36年)には、尖閣諸島が登野城村の一部とされて地番が付された。
1908年(明治41年)、島嶼町村制の施行に伴って成立した八重山郡八重山村(八重山列島全域)の字となる。1914年(大正3年)には八重山村より分村した石垣村(現在の石垣市西部)の一部となり、その後の町制・市制施行を経て石垣市の一部となる。
かつては海沿いにある登野城漁港も字登野城の一部であったが、埋め立てによる漁港整備が行われて1989年(平成元年)に八島町として分離されたために、字としての登野城は尖閣諸島を除き海に面しない内陸部となった。なお、字登野城からは分離されたものの、漁港の名称は登野城漁港のままで変わっていない。
かつて字登野城の一部であった尖閣諸島は、2020年(令和2年)10月1日に字名が登野城尖閣に変更され、登野城から分離された。尖閣諸島
かつては尖閣諸島も登野城の一部であった。尖閣諸島は1896年(明治29年)に八重山郡に編入され、1903年(明治36年)に登野城村の一部とされて地番が付された。その後は石垣市に属して字登野城の一部となり、2390番地から2394番地が割り当てられ、さらに字名が登野城尖閣と改称された。このうち、魚釣島に割り当てられている登野城尖閣2392番地は東京都千代田区千代田(皇居所在地)や島根県隠岐郡隠岐の島町竹島と同様に、本籍として人気が高い住所の一つ。
石垣市では、2017年(平成29年)12月の定例市議会に尖閣諸島の字を「登野城」から「登野城尖閣」に変更する議案を上程する方針であったが、翌年以降に先送りされた。その後、2019年(平成31年)3月の市議会では市側から当面見送るとの方針が示されたものの、翌2020年(令和2年)6月9日に再び同様の改名議案が市議会に提出され、議案は6月22日に市議会で可決された。10月1日に改名され、郵便番号は907-0031が割り振られた。出典
関連ページ
【参考】
町域名に「登野城」が含まれている住所一覧
- 同じ町域内で複数の郵便番号がある場合、別々にリスト表示しています。