郵便番号 010-1103
住所 秋田県 秋田市 太平中関
読み方 あきたけん あきたし たいへいなかぜき
この地域の
公式HP
地図

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地方公共
団体コード
05201
最寄り駅
(基準:地域中心部)
  • 秋田県 秋田市 太平中関」の読み方は「あきたけん あきたし たいへいなかぜき」です。
  • 秋田県 秋田市 太平中関」の郵便番号は「010-1103」です。
  • 秋田県 秋田市」の地方公共団体コードは「05201」です。
補足事項
■f02: 小字毎に番地が起番されている町域。

「太平中関」の概要 from Wikipedia

…(2,266文字)

太平中関(たいへいなかぜき)は秋田県秋田市にある大字。郵便番号は010-1103。住居表示未実施地区。

地理

秋田市の東部、太平地区の中では南部に位置する。北西部を太平川が東西に横断し、北岸に並行して秋田県道28号秋田岩見船岡線及びその旧道(太平街道)が走る。県道・街道の周辺に寺中・平形・下館・川原と集落が多く集まり、寺社が多い。南岸は太平川支流の谷深くまで農地が広がり、その中の一つに井関沢集落がある。務沢と三番片貝沢・八幡台にかけてゴルフ場「秋田太平山カントリークラブ」がある。その他は山林地帯。
西・北西は太平目長崎、北東は太平寺庭・太平黒沢、東は太平山谷、南は河辺北野田高野・下北手寒川に隣接する。

小字

32の小字が現存する。
字家ノ沢(いえのさわ)/字井関沢(いせきざわ)/字一番片貝沢(いちばんかたかいざわ)/字上館(うえだて)/字扇田(おおぎだ)/字小園崎(おそのざき)/字川原(かわら)/字鴻巣沢(こうのすざわ)/字五城目(ごじょうめ)/字五城目下段(ごじょうめげだん)/字逆水(さかみず)/字三番片貝沢(さんばんかたかいざわ)/字信田(しだ)/字寺中(じちゅう)/字下館(しもだて)/字陳ノ川(じんのかわ)/字杉ノ下(すぎのした)/字台ノ下(だいのした)/字槻ノ浜(つきのはま)/字寺ノ沢(てらのさわ)/字二番片貝沢(にばんかたかいざわ)/字八幡台(はちまんだい)/字八幡野(はちまんの)/字雛沢(ひなざわ)/字平形(ひらかた)/字坊主淵(ぼうずぶち)/字堀内(ほりうち)/字宮沢(みやざわ)/字務沢(むさわ)/字本宿(もとじゅく)/字森合(もりあい)/字屋敷前(やしきまえ)

河川

太平川/(支流多数)

歴史

中関の名は明治時代になってから成立したものであり、それ以前は寺中(じちゅう)・堀之内(ほりのうち)・井関沢(いせきざわ)と呼ばれていた。
寺中は、文禄元年8月22日(1592年9月27日)の「秋田家分限帳写」に館岡半兵衛代官所の中で「寺中村 489石余」とあるのが初見資料である(秋田図書館所蔵文書)。慶長6年(1601年)の「秋田家分限帳」にも、鵜瀞長右衛門預かりの鉄砲衆・鑓衆知行として17石7件、工藤小兵衛預かりの弓衆として17石・4件が設定されている。山中の平坦地であり地理的条件に恵まれていたため、開発が早く中世にも充実していたものと考えられる。
江戸期には寺中堀内村となり、久保田藩領で、「正保国絵図」では本田当高330石となっている。「享保黒印高帳」では村高445石余・当高531石余(うち本田471・本田並34・新田26)。「享保郡邑記」では104軒あって、うち枝郷の川原・下館・本宿・平形・宮沢の5ヶ村分が63軒となっている。このうち宮沢は、悪病が流行り1軒を残すのみとなり、当初「寺中堀之内」であった村名の「之」を除くと記録されている。「寛政村附帳」では親郷目長崎村の寄郷とされ、当高375石余(うち蔵分356、給分19)。「天保郷帳」では531石で、「羽陰温故誌」によるこの頃の人口は464、馬100・牛40であった。
井関沢村は、始め河辺郡(寛文4年(1664年)4月に豊島郡から改称)で、享保年間に秋田郡へ移った。同じく久保田藩領で、地形的に寺中堀内村の内部にあり、開村以来黒印は堀内村で預っていたという(享保郡邑記)。「享保黒印高帳」では村高69石余・当高46石余(うち本田並26・新田20)。「享保郡邑記」では6軒。「寛政村附帳」では親郷目長崎村の寄郷とされ、当高71石余(給分のみ)。「天保郷帳」では46石余。

沿革

1873年(明治6年)3月 - 大区小区制の改正に伴い、秋田郡寺中堀内村・井関沢村は秋田県第1大区6小区に属した。
1876年(明治9年) - 寺中堀内村・井関沢村が合併し中関村となる。
1884年(明治17年)頃 - 郡区町村編制法の下で、南秋田郡目長崎村・八田村・中関村・寺庭村・黒沢村・山谷村が連合。戸長役場は目長崎村に設置される。
1887年(明治20年) - 連合6ヶ村の戸数491、人口3,095(地方行政区画便覧)。
1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い、連合6ヶ村が合併し南秋田郡太平村が発足。太平村大字中関となる。
1954年(昭和29年)10月1日 - 太平村が秋田市へ編入されたことに伴い、名称に「太平」を冠した上で秋田市の大字となる。

字域の変遷

地区内で町名整理・住居表示実施その他に伴う区画変更は行われていない。

世帯数と人口

2016年(平成28年)10月1日現在の世帯数と人口は以下の通り。

鉄道

地区内に鉄道路線・駅は無い。最寄り駅はJR東日本奥羽本線・羽越本線・秋田新幹線の秋田駅。

バス

秋田中央交通/《太平線》 - 川原 - 八幡神社前 - 下館 - 平形 - 太平中学校前 - 寺中 -

道路

秋田県道28号秋田岩見船岡線/太平街道/新山林道

字家ノ沢

井関沢公民館

字上館

天照皇大神宮/太平つつじ園

字小園崎

JA新あきた東部低温倉庫

字川原

川原公民館/太平電話交換所

字寺中

寺中公民館/堀内公民館/林清寺

字八幡野

若宮八幡神社

字平形

秋田市立太平中学校/平形公民館

字宮沢

永元寺

字務沢

秋田太平山カントリークラブ

参考文献

「角川日本地名大辞典 5 秋田県」1980年/「秋田市史 第四巻 近現代I 通史編」秋田市編、2004年/秋田市 地名小辞典

外部リンク

秋田市

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