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郵便番号 517-0215
住所 三重県 志摩市 磯部町檜山
読み方 みえけん しまし いそべちょうひやま
公式HP
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地図

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地方公共
団体コード
24215
最寄り駅
(基準:地域中心部)
  • 三重県 志摩市 磯部町檜山」の読み方は「みえけん しまし いそべちょうひやま」です。
  • 三重県 志摩市 磯部町檜山」の郵便番号は「517-0215」です。
  • 三重県 志摩市」の地方公共団体コードは「24215」です。

「磯部町檜山」の情報 from Wikipedia

…(2,409文字)

磯部町檜山(いそべちょうひやま)は、三重県志摩市の地名。

地理

志摩市の中西部に位置する。四方を山に囲まれ、地区の中央付近に小さな集落を形成する。西側を度会郡南伊勢町に接する。
峠:桧山峠/川:地蔵川(源流)北は志摩市磯部町山原、東は志摩市磯部町迫間、南は志摩市浜島町迫子・志摩市浜島町桧山路、西は南伊勢町神津佐(こんさ)と接する。

地名の表記

志摩地域合併協議会は、2003年(平成15年)6月20日に町名・字名の取り扱いについて協議し、檜山の表記として「檜」を用いたが、国土地理院の地形図や『磯部町史』では「桧山」の表記を採用している。ただし、同協議では南隣の浜島町桧山路は「檜」ではなく、「桧」を用いている。

歴史

中世に迫間村(現在の志摩市磯部町迫間)から4家族が移住し、開拓したのが始まりとされ、当時は迫間村の出郷扱いであった。戦国時代には志摩国答志郡に属し、古書には「ひやま」と表記された。当時の「ひやま」から伊勢神宮や別宮である伊雑宮の正殿造営の際にヒノキが切り出されたという。天文23年甲寅12月(ユリウス暦:1554年12月)の記録によれば、依梨原(現在の志摩市磯部町恵利原)の伊雑宮仮殿造営山口祭の際に300文を拠出、慶長9年5月(グレゴリオ暦:1604年5月)の穂落しの社(佐美長神社)の作事に磯部九郷の村々と共に参加するなど、磯部とのつながりが深かった。
江戸時代には伊勢国度会郡慥柄組(たしからぐみ)に属し、檜山村として紀州藩田丸領にあった。「天保郷帳」によると村高は67石と少なく、宝永7年(1710年)の戸数は7戸であったという。また、檜山北部の新田開発により夏草(現在の志摩市磯部町山原小字夏草)や栗木広新田(現在の志摩市磯部町栗木広)が生まれ、後に栗木広新田は独立した村となった。開拓には、五桂池建設のため水没地の多気郡五桂村(現在の多気郡多気町五桂)上五桂集落から移住した人々が大きく関与している。宗教については、「天白の森」という名の森があり、天白信仰があったことが分かる。江戸時代には伊勢国に属していたものの、檜山を開拓した人々の先祖の故郷にあたる志摩国迫間村で神社を造営する時には祝儀を送るなど、迫間村とは強い結びつきがあった。
明治時代には、町村制施行により度会郡神原村の大字となる。昭和の大合併では神原村が分村合併を選択し、檜山はほかの神原村東部2地区とともに、磯部村に編入され、即日磯部村が的矢村と新設合併し、磯部町となった。平成の大合併では志摩市の1大字になった。

平家の落人伝説

檜山には平家の落人が隠れ住んだという伝説があり、その証拠となる「平家の赤旗」2旒と古文書が残されていたが、明治初期の廃仏毀釈の中で焼却処分されたと伝えられる。平家の落人の里であることの傍証として、檜山で平家ゆかりの熊野三山を祀ってきたこと、同じく平家の落人伝説の伝わる磯部町五知と同じ「小屋の谷」、「天白の森」という地名が残ることが指摘されているが、詳細は不明。

沿革

1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、度会郡神原村大字檜山となる。
1955年(昭和30年)2月11日 - 神原村が分村合併し、志摩郡磯部町檜山となる。
2004年(平成16年)10月1日 - 平成の大合併により、志摩市磯部町檜山となる。

地名の由来

伊勢神宮の御杣山(みそまやま)であり、ヒノキ材を切り出していたことにちなむという。

世帯数と人口

2019年(令和元年)7月31日現在の世帯数と人口は以下の通り。

人口の変遷

1745年以降の人口の推移。なお、2005年以後は国勢調査による推移。

世帯数の変遷

1745年以降の世帯数の推移。なお、2005年以後は国勢調査による推移。

学区

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる。
2016年(平成28年)に廃校となるまで檜山は成基小学校の学区であった。

ミカン栽培

檜山ではミカンの栽培が行われているが、稲葉英一の調査によると、檜山近隣の南伊勢町で栽培される五ヶ所みかんとは起源が異なるという。檜山のミカン栽培は、1891年(明治24年)に檜山の西井松助が但馬牛を買いに兵庫県を訪れた際、ミカン栽培の話を聞き、帰路にミカン栽培先進地の和歌山県有田郡で栽培法や品種を学び、山林を開拓して翌1892年(明治25年)に植栽したのが始まり。しかし、その時結実したのはミカンではなくキンカンであり、その後接ぎ木でネーブルオレンジ・イヨカンの栽培を試みるも失敗してしまう。初めて成功するのは、尾張温州を導入した1902年(明治35年)〜1903年(明治36年)頃のことで、以降栽培が広まっていった。

交通

鉄道は通っていない。最寄り駅は近鉄志摩線志摩磯部駅。
路線バス/磯部地域予約運行型バスハッスル号(コミュニティバス)桧山集落センターバス停やまルート 上五知農家組合前道路三重県道112号磯部浜島線 - 檜山を南北に貫くメインストリート。2車線化工事が進む。

施設

桧山集落センター/龍泉寺

日本郵便

郵便番号 : 517-0215(集配局:磯部郵便局)。

参考文献

『磯部郷土史』磯部郷土史刊行会、磯部郷土史刊行会、1963年5月10日(日本語)。NCID BN08788272。
『角川日本地名大辞典 24 三重県』「角川日本地名大辞典」編纂委員会、角川書店、1983年6月8日(日本語)。ISBN 4-04-001240-2。
『「三重県の地名」日本歴史地名大系24』平凡社地方資料センター、平凡社、1983年5月20日(日本語)。ISBN 4-58-249024-7。
『磯部町史 下巻』磯部町史編纂委員会編、磯部町、1997年9月1日(日本語)。NCID BA37819607。

外部リンク

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