(geo-DB/wiki-DB)
郵便番号 517-0502
住所 三重県 志摩市 阿児町神明
読み方 みえけん しまし あごちょうしんめい
公式HP
〈新型コロナウイルス感染症、ワクチン接種等の情報も〉
地図

地図を表示

地方公共
団体コード
24215
最寄り駅
(基準:地域中心部)
  • 志摩神明駅(近畿日本鉄道)
     …距離:896m(徒歩11分)
  • 鵜方駅(近畿日本鉄道)
     …距離:1190m(徒歩14分)
  • 志摩横山駅(近畿日本鉄道)
     …距離:2317m(徒歩28分)
周辺施設/ランドマーク等
  • 近鉄志摩線《鉄道路線名》
  • イオン阿児店《複合商業施設》
  • パワーマート志摩《複合商業施設》
  • ハニーズ阿児店《大型専門店(衣料品)》
  • 志摩市立阿児図書館《公共図書館》
  • 志摩市阿児アリーナ《ホール・会館》
  • ぎゅーとらラブリー鵜方店《スーパーマーケット》
  • 阿児ふるさと公園多目的広場《スポーツ施設(小規模)》
  • 鵜方ゴルフセンター《ゴルフ練習場》
  • 三重県 志摩市 阿児町神明」の読み方は「みえけん しまし あごちょうしんめい」です。
  • 三重県 志摩市 阿児町神明」の郵便番号は「517-0502」です。
  • 三重県 志摩市」の地方公共団体コードは「24215」です。

「阿児町神明」の情報 from Wikipedia

…(5,999文字)

阿児町神明(あごちょうしんめい)は、三重県志摩市の地名。1897年(明治30年)までは神明浦(しめのうら)という地名であった。1996年1月1日現在の面積は6.98km2。
真珠養殖発祥の地であるとともに、志摩市の観光拠点である賢島を擁する地域。

地理

志摩市中央部に位置する。本土部は谷と台地の交錯する複雑な地形を成し、南から西にかけて英虞湾に面する。中心集落は津波や高潮を避けるため神明地区の中央部の台地上にある。
神明の産業は、農業と真珠養殖、観光業。神明地区に占める耕地面積の割合は1950年代の統計では48.4%と志摩郡の平均よりも低かった。内湾では海女による漁業は全く行われていない ので、英虞湾のみに臨む神明には海女はいない。
北は阿児町鵜方・阿児町国府、東は阿児町甲賀、南東は阿児町立神と接する。

神明には以下の島がある。
賢島 - 英虞湾最大の島。
多徳島 - 「田徳島」と従前表記していたが、1899年(明治32年)に島を視察に訪れた曾禰荒助農商務大臣の提案により「多徳島」に変更された。御木本幸吉の真珠養殖成功の地。
横山島 - 賢島から約400m、周囲1.4km。多徳島と並ぶ、真珠養殖の中心地。「石山荘」という宿泊施設以外に主だったものはない。
枯島/弁天島/ゑびす島

新興住宅地

神明北部には新興住宅地である「うらじろ団地」が開発されている。

小・中学校の学区

市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる。

元始から近世

先史時代から人々が居住していた痕跡が見られ、賢島の賢島遺跡からは石鏃・石錘・石斧が出土している。中世には城があったとされ、「城山」と呼ばれる丘がある。江戸時代には、志摩国英虞郡磯部組に属し、神明浦村(しめのうらむら)として鳥羽藩に属した。村高は時代を追うごとに増加し、天和元年(1681年)は250石だったが、『旧高旧領取調帳』では352石余となった。これは海を埋め立てて新田開発を行った結果。水産業も盛んに行われ、浜島村・波切村・和具村の海で漁業を行ったので、浦役として米を各村に納めていた。近隣の立神村と漁場争いをした記録もある。主な漁法は地曳網・立網・長網などの網漁であった。特にぬきイリコ(きんこ)を多く産し、藩主へ献上していた。文化年間(1804年 - 1818年)に阿波国の巡業師から人形と技術を受けて「神明文楽」が始まった。

近代

明治初期の神明浦村は戸数100戸に満たない小村であったため、鵜方村あるいは立神村に服属することを求められた。町村制施行時は、北隣の鵜方村と合併して新しい鵜方村の大字となったが、三重県庁による強制的な合併であり、神明浦の住民にとって納得のいかないものであった。当時の鵜方は農村で、漁村の神明浦とは性格が異なっていたことから、同じ漁村であった立神村との合併の方が民意にかなっていたの。そこで神明浦の住民は合併後すぐに三重県知事に対して「分村願」を提出した。この願いはすぐには認められず、神明浦の住民は鵜方村からの分離が認められるまで水産物の口銭(手数料)で里道補修費や学校運営費、医師の雇用費などを賄い、半ば自治を行っていた。1893年(明治26年)、神明浦は「分村請願書」を内務大臣に提出、訴えが認められて1897年(明治30年)5月に 鵜方村から分離して単独村制を敷いた。この際、神明浦から「神明」に改められた。
1890年(明治23年)、御木本幸吉は神明浦に進出し「真珠貝培養所」を設置する。更に1893年(明治26年)には多徳島に真珠養殖場を開設、1916年(大正5年)には島内に郵便局が開局した。
1929年(昭和4年)に志摩電気鉄道(現在の近鉄志摩線)が開通し、神明村の賢島に終点が置かれた。賢島はそれまで松林と少しの水田があるのみの無人島であったが、この鉄道開通を契機として開発が始まった。昭和初期の真珠産出額は度会郡五ヶ所村(現・南伊勢町)に次ぐ三重県内第2位であり、鉄道輸送の主役も旅客ではなく真珠であった。
風俗研究家の岩田準一による聞き書きによれば、神明村時代は、出生届の提出を怠り、村役場から注意されるまで放置する親が多く、戸籍上の年齢と実年齢が10歳も食い違うということが珍しくなかったという。次男・三男になると子供に命名すらしなかったので、役場が勝手に名前を付けるということもままあり、一方日常では周囲の人が呼び名を付けることから、戸籍上の実名と本人の認識する名前が一致しないという事態も発生していた。役場の方も命名は面倒だったので、ある一家で長男が亡くなり、直後に次男が誕生した場合には、長男の名をそのまま次男に付けることも少なくなかった。

歴代村長

『阿児町史』による。

昭和期

1946年(昭和21年)、伊勢志摩国立公園が制定され、外貨獲得のために洋風のホテルを作ろうという機運が盛り上がり、1951年(昭和26年)4月3日に25室50人収容の志摩観光ホテルが賢島に開業した。これは奥志摩(現・志摩市域)における宿泊施設整備の先駆けとなるものであった。1965年(昭和40年)の統計では、真珠養殖筏数は5,212台あり、これは和具・布施田・越賀に次ぐ県第4位であった。その後真珠ブームの到来によって密植が起きて養殖真珠の質的低下と価格の暴落を招き、個人の小規模経営者を中心に深刻な不況に陥るようになる。
本格的な観光開発が始まったのは、真珠養殖不況と近鉄特急が賢島まで乗り入れるようになった1970年代以降。同時期には賢島とその周辺に企業の保養所が相次いで建設され、1995年(平成7年)時点では97軒存在した。
地域住民向けには、1972年(昭和47年)に二男・三男に住宅を供給することを目的に、小字裏白の山林11.5haを切り開き、うらじろ団地が建設された。当初245区画が造成されたが、その後300区画まで増加している。

平成期

1991年(平成3年)3月31日、神明北部に「阿児文化公園事業」の一環で、ホール兼体育館の阿児アリーナ(現・志摩市阿児アリーナ)と資料館機能も有する阿児町立図書館(現・志摩市立図書館、通称:阿児ライブラリー)が開館した。
観光産業の面では、バブル崩壊後景気の悪化により1999年(平成11年)3月に賢島スポーツランドが閉園、1998年(平成10年)と1999年に近鉄系の旅館が2軒廃業した。2009年(平成19年)には実質稼働している保養所は20 - 30軒程度まで減少した。
2000年(平成12年)、三重県は志摩地方が日本有数の海底ケーブル陸揚げ地であることに注目し、情報技術(IT)による企業誘致や雇用促進を目指す「志摩サイバーベース・プロジェクト」を発足させ、その中核となる「志摩サイバーベースセンター」と第三セクター「サイバーウェイブジャパン」(CWJ)を設立、神明にある保養所の跡地を利用した。しかしながら4年間に3億円を投じたにもかかわらず目立った成果を上げることができなかったため、2005年(平成17年)に志摩サイバーベースセンターを閉鎖、2004年(平成16年)度の終了をもって、「志摩サイバーベース・プロジェクト事業の推進」が県の事業から外された。なおサイバーウェイブジャパンは2015年現在も事業を続けている。
賢島スポーツランドは閉園後しばらくは手つかずのままであったが、2010年(平成22年)に「賢島ローズネットファーム」となり、更に2011年(平成23年)からは「志摩ローズファーム」として再出発した。
2015年(平成27年)6月5日、賢島が2016年の主要国首脳会議(伊勢志摩サミット)の会場になることが決定した。これを受け2016年(平成28年)2月16日、賢島駅前に臨時警備派出所が設置された。(同年6月13日に閉所。)そして同年5月26日・27日に伊勢志摩サミットが実施された。サミットからちょうど1年となる2017年(平成29年)5月26日には伊勢志摩サミット記念館「サミエール」が賢島駅2階に開館した。

地名の由来

禁漁区の浜に注連縄を張り、そこで獲れたナマコを伊勢神宮や伊雑宮に奉納していたことから「しめのうら」(注連浦⇒神明浦)と呼ぶようになったことに由来するという。別の説では、毎年師走(12月)になると恵利原村(現・志摩市磯部町恵利原)の逢坂へ注連縄を張りに行ったことから「しめのうら」となったという。このように磯部との結び付きが強かったため、神明浦村は英虞郡の村でありながら、答志郡の村々で構成される磯部組に所属していたという。
1897年(明治30年)に鵜方村から分離する際、「浦」が外されて「神明」となった。

沿革

1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により英虞郡鵜方村大字神明浦となる。
1896年(明治29年)3月29日 - 英虞郡と答志郡の合併により、所属郡が志摩郡に変更。志摩郡鵜方村大字神明浦となる。
1897年(明治30年) - 神明浦が鵜方村から独立し、志摩郡神明村となる。大字は編成せず。
1955年(昭和30年)1月1日 - 昭和の大合併により志摩郡阿児町神明となる。
2004年(平成16年)10月1日 - 平成の大合併により、志摩市阿児町神明となる。

世帯数と人口

2019年(令和元年)7月31日現在の世帯数と人口は以下の通り。

人口の変遷

1746年以降の人口の推移。なお、2005年以後は国勢調査による推移。

世帯数の変遷

1746年以降の世帯数の推移。なお、2005年以後は国勢調査による推移。

港湾

地方港湾の賢島港と漁港の神明漁港がある。以下、神明漁港について記述する。
神明漁港(しんめいぎょこう)は三重県志摩市阿児町神明にある第1種漁港。漁港指定を受けたのは1989年(平成元年)12月6日であり、志摩市が管理する。2009年(平成21年)の属地陸揚高と属人漁獲量はともに189.5tで、属地陸揚金額は274百万円。
2007年(平成19年)の『漁港の港勢調査』によると、漁獲金額は773万円で、主な漁獲物はノリ類・真珠・貝類であった。志摩市の消防出初式において阿児アリーナで式典を行った後、消防団員が神明漁港で放水を行う。

陸路

鉄道/M近鉄志摩線(鵜方方面) - 志摩神明駅(M92) - 賢島駅(終点、M93)/1969年(昭和44年)までは、賢島駅の先に真珠港駅が存在した。バス/■三重交通(志摩営業所管内)賢島駅前バス停/87系統 志摩スペイン村/87系統 賢島駅前(終点)/神明バス停/92系統 志島循環 志摩病院/92系統 志島循環 鵜方駅前/長沢バス停/60系統 磯部バスセンター/60・62系統 伊勢赤十字病院/60・62系統 伊勢市駅前/60・62系統 御座港道路国道167号 - 志摩市を南北に貫く一般国道。賢島港を起点とする。
国道260号 - 志摩市南部を「の」の字を180度回転させた形で英虞湾岸を通る一般国道。賢島港を起点とする。
三重県道17号浜島阿児線 - 志摩市西部と中部を結ぶ主要地方道。賢島を終点とする。

海路

■志摩マリンレジャー賢島港船乗り場賢島エスパーニャクルーズ/賢島港 → 真珠工場 → 英虞湾 → 賢島港/賢島〜浜島航路/浜島 → 御座 → 浜島 → 御座 → 賢島/賢島 → 御座 → 浜島 → 御座 → 賢島/賢島〜和具航路/賢島 - 間崎 - 和具賢島遊覧船組合賢島 - ともやま(遊覧船)

施設

賢島にある施設は賢島#施設を参照。

史跡

神明神社 - 小字里中にある、天照大神を主祭神とする神社。旧称は八王子社・神明社で神明の鎮守であった。1907年(明治40年)に境内社6社と山神社・厳島社を合祀した。同社の周辺には「曼荼羅石」と呼ばれる石があり、三重県指定文化財となっている。
瑞竜山昌禅寺 - 曹洞宗永平寺派の仏教寺院 。かつては観音堂を有していたが、焼失している。

日本郵便

郵便番号 : 517-0502(集配局:阿児郵便局)。

参考文献

青野壽郎(1936)"水産統計より観たる紀伊牛島東部沿岸漁村(紀伊半島に於ける漁村の地理學的研究第一報)"地学雑誌(東京地学協会).48(6):258-278./阿児町 編『阿児町史』阿児町企画環境課、1977年4月、723p. 全国書誌番号:77007104/阿児町史編纂委員会 編『新版 阿児町史』阿児町、平成12年3月15日、931p. 全国書誌番号:20055488/浅野明彦(1997)"近畿日本鉄道志摩線旧線【白木〜五知、志摩磯部〜志摩横山、賢島〜真珠港】"宮脇俊三 編『鉄道廃線跡を歩くⅣ』(JTBキャンブックス、JTB、1997年12月、223p. ISBN 4-533-02857-8):104-105./岩田準一『鳥羽志摩の民俗 志摩人の生活事典』鳥羽志摩文化研究会、1970年4月15日、337頁。全国書誌番号:73001642/大島襄二(1955)"地理的に見た水産養殖業地域―英虞湾の真珠について ―"人文地理(人文地理学会).7(2):102-116./『角川日本地名大辞典 24 三重県』「角川日本地名大辞典」編纂委員会、角川書店、1983年6月8日(日本語)。ISBN 4-04-001240-2。
志摩市産業振興部観光戦略室ともやま公園事務所『〜ともやま公園ガイドブック〜 志摩市ともやま公園 ともやまDE遊ぼう!!』志摩市産業振興部観光戦略室ともやま公園事務所、2011年、13p./淡野明彦(1980)"観光開発の地域的インパクトに関する考察―三重県奥志摩地域の事例―"新地理(日本地理教育学会).28(1):9-18./日本地誌研究所 編『日本地誌 第13巻 近畿地方総論・三重県・滋賀県・奈良県』青野壽郎・尾留川正平責任編集、二宮書店、1976年1月、689p./野田哲広(1997)"三重県志摩地方における観光地域の形成―阿児町神明地区を事例として―"金沢大学文学部地理学報告.8:175-176./『「三重県の地名」日本歴史地名大系24』平凡社地方資料センター、平凡社、1983年5月20日(日本語)。ISBN 4-58-249024-7。

関連項目

三重県の廃止市町村一覧

外部リンク

神明真珠養殖漁業協同組合/日本の地名がわかる事典『三重県志摩市阿児町神明』 - コトバンク

関連ページ