「兵庫県 姫路市 忍町」について
郵便番号 | 〒670-0917 |
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住所 | 兵庫県 姫路市 忍町 |
読み方 | ひょうごけん ひめじし しのぶまち |
この地域の 公式HP |
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地図 | |
地方公共 団体コード |
28201 |
最寄り駅 (基準:地域中心部) |
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周辺の施設、 ランドマーク等 |
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- 「兵庫県 姫路市 忍町」の読み方は「ひょうごけん ひめじし しのぶまち」です。
- 「兵庫県 姫路市 忍町」の郵便番号は「〒670-0917」です。
- 「兵庫県 姫路市」の地方公共団体コードは「28201」です。
「忍町(姫路市)」の概要 from Wikipedia
忍町(しのぶまち)は兵庫県姫路市の町名。郵便番号は670-0917。
地理
忍町は姫路市内の十二所前線の南側、山陽姫路駅の西側、船場川の東側に位置する。ただし十二所神社(敷地の南部を除く)およびお菊神社は北に接する十二所前町に属する。東に南町および西駅前町、南に久保町、船場川を挟んで西に福沢町と接する。江戸時代は内町南方の飾万津口に含まれた。
歴史
慶安元年(1648年)ごろ、姫路城外曲輪外の飾磨津門西側にあった薬師寺を飾西郡栗山(現在の姫路市手柄付近)に移転させ、その跡地に侍屋敷を置き、忍びの者を配したのが町名の由来とされる。江戸時代の絵図には他に「志のふ町」という表記もある。この場所は外堀に隣接しており外部を巡回するのに適した位置に設けられている。他に本多氏時代(再封時)の城下町絵図には城の東側で外京口門の先にある橋本町付近に「忍」と記された二つの小区画が記されている。またここは姫路城の裏鬼門に相当し、対になる鬼門に相当する竹の門付近に伊賀屋敷を設けたとされる。
江戸時代は飾万街道沿いの「飾万津町」20町に含まれ、姫路藩町奉行所の管轄下で飾万津町会所(現在の飾磨区東堀に所在)の支配下に置かれた。 寛延2年(1749年)の大洪水で被災したのち、宝暦5年(1755年)には長屋20戸の家中(藩士)の屋敷があったと記録されているが、酒井氏時代の絵図では町人地と区分されている。
(姫路藩に忍者がいたこと自体は、池田輝政時代の分限帳に「伊賀者」の存在が、また本多氏時代(初封・再封時共)の分限帳に「忍術同心」の存在が記されている。『姫路城史』において松平明矩の時代に「忍????の者」が用いられた記録や、酒井忠恭が加藤市右衛門という者から忍術を習ったりその養子・加藤傳蔵が忍術をよくするとして召し抱えたといった記述が残っている)/大区小区制については飾磨県にあっては第八大区第六小区に、兵庫県にあっては播磨国第八大区第一小区に属した。1875年(明治8年)、忍町ほか6か町村が合併して豊澤村となり、1889年(明治22年)には合併で国衙村となる。1912年(明治45年)4月に国衙村より分離して姫路市に合併した際に忍町の町名が復活する。1913年(大正2年)9月から1914年(大正3年)2月にかけて、十二所神社南側から飾磨津門にかけての外堀を埋め立てて忍町に編入する。
第二次世界大戦末期の1945年7月3日深夜の姫路空襲により全域が被災。戦後は戦災復興都市計画による大幅な区画整理が行われ、南隣の久保町が卸市場街として発展するのに合わせて忍町にも卸市場が拡大し発展したが、1957年(昭和32年)に東延末に市営の中央卸売市場が開設されたことで忍町の市場街としての機能が低下した。以後も小売店が並ぶ個人向けの市場として、下町的な雰囲気を持つ。
1984年(昭和59年)9月21日には区画整理完了による換地処分が行われ、一部が西駅前町・久保町・十二所前町の一部となり、同時に豆腐町・久保町・千代田町・十二所前町・南町および大蔵前町のそれぞれ一部が忍町に編入されている。
令和時代にあっては、地域おこしに際して町名にちなんで三重より伊賀忍者のサークルを招聘するなどの活動も行われている。
(節全体の出典:)世帯数と人口
2023年(令和5年)9月30日現在の世帯数と人口は以下の通り。
それ以前の世帯数と人口は以下の通り。小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる。
道路
忍町通り/姫路市道十二所前線(北辺)/くまたか門筋
施設
十二所神社(敷地の一部)/伊予銀行姫路支店/日本政策金融公庫姫路支店/東横イン姫路駅新幹線北口
かつての施設
靄楽園(あいらくえん) - 十二所神社南側にあった姫路藩家老・本多氏の下屋敷を改装した料亭旅館。まねき食品初代の妻の実家が経営し(後にまねきの前身・ひさごが経営)、播州一円の政財界の社交場となり姫路の名所といわれるほどの料理旅館であったが、姫路空襲により焼失。
大劇会館 - 映画館等のレジャービル。2015年閉鎖。
姫路市立高等女学校(現・姫路市立琴丘高等学校、旧大蔵町域)/姫路電球株式会社(現・ウシオ電機、旧大蔵町域)関連項目
忍町 (曖昧さ回避)/伊賀町 (曖昧さ回避)
参考文献
橋本政次『姫路市町名字考』1956年。 (再録:『播磨考・姫路市町名字考』臨川書店〈兵庫県郷土誌叢刊〉、1987年。https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000001850766-00。 )/橋本政次『姫路城史 中巻』名著出版、1973年。https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000001219145-00。 /『姫路市統計書 大正10年』姫路市、1921年。https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000000587108-00。 /『市勢要覧 昭和24年版』姫路市調査課、1949年。https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000000940408-00。 /『市勢要覧 昭和26年版』姫路市調査課、1951年。https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000000940409-00。 /姫路市建設局区画整理課 編『復興の歩み』姫路市役所、1960年。 /兵庫県総務部地方課(編)『兵庫県市町村合併史 上』兵庫県、1962年。https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000001045066-00。 /『播州姫路考略記』姫路郷土資料研究会、1941年。https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000000666540-00。 /『姫路飾磨神崎紳士大鑑』姫路興信所、1924年。https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000000539889-00。 /『角川日本地名大辞典 28 (兵庫県)』角川書店、1988年、728頁。ISBN 4040012801。 /横山忠雄『ふるさと城南ものがたり』城南地区連合自治会、1989年。https://ndlonline.ndl.go.jp/#!/detail/R300000001-I000001719042-00。 /白鷺中学校区地域夢プラン実行委員会『うちまちものがたり 姫路城下町』2006年。https://www.library.city.himeji.hyogo.jp/webmuseum/detail?cls=c_old_doc&pkey=0130057961。 /播磨地名研究会『新・姫路の町名』神戸新聞総合出版センター、2007年。ISBN 9784343004444。 /上田哲也「本多家の忍びに関する基礎的研究」『忍者研究』、1 - 14頁、2022年。doi:10.34460/ninja.2022.5_1。https://www.jstage.jst.go.jp/article/ninja/2022/5/2022_1/_article/-char/ja/。 /姫路市立城内図書館. “姫路に忍町という町名があり、忍者が住んでいたと聞いたが根拠になるような資料はあるか。”. レファレンス協同データベース. 国立国会図書館. 2023年10月8日閲覧。
“文化財見学シリーズ81 『飾磨街道』をたずねて”. 姫路市. 姫路市教育委員会文化財課. 2023年10月8日閲覧。
関連ページ
【参考】
町域名に「忍町」が含まれている住所一覧
都道府県 | 市区町村 | 町域. |
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12千葉県 | ちょうしし銚子市 | しのびちょう忍町 |
17石川県 | わじまし輪島市 | しのぶまち忍町 |
24三重県 | いがし伊賀市 | うえのしのびちょう上野忍町 |
28兵庫県 | ひめじし姫路市 | しのぶまち忍町 |
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