「山口県 下関市 南部町」について
郵便番号 | 〒750-0006 |
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住所 | 山口県 下関市 南部町 |
読み方 | やまぐちけん しものせきし なべちょう |
この地域の 公式HP |
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地図 | |
地方公共 団体コード |
35201 |
最寄り駅 (基準:地域中心部) |
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周辺の施設、 ランドマーク等 |
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- 「山口県 下関市 南部町」の読み方は「やまぐちけん しものせきし なべちょう」です。
- 「山口県 下関市 南部町」の郵便番号は「〒750-0006」です。
- 「山口県 下関市」の地方公共団体コードは「35201」です。
「南部町(下関市)」の概要 from Wikipedia
南部町(なべちょう)は、山口県下関市にある地名。郵便番号は750-0006。当地域の人口は908人(平成27年国勢調査による)。
地理
下関市の南部に位置する。北は田中町、西は名池町、南は観音崎町とあるかぽーと、東は唐戸町に隣接する。
地名の由来
14世紀半ばに築かれた南部城に由来する。
沿革
611年(推古天皇19年)琳聖太子が福生寺として霊場を開く。現在の専念寺。
10世紀後半(正暦年間)菅原神社の社殿が創建される。
13世紀半ば 福生寺が時宗に転宗。現在と同名の専念寺となる。
1576年(天正4年)守直政が酉谷寺を創建。
1858年(安政5年)大国神社の社殿を創建。のち2回焼失するも度々再建。
1890年(明治23年)長府にあった浄瑠璃山本尊薬師如来国分寺を移転。
1945年(昭和20年)専念寺の堂宇が戦災で焼失。
1947年(昭和22年)国分寺の堂宇が戦災で焼失。
1954年(昭和29年)西南部町、東南部町、唐戸町の一部から南部町を新設。
1955年(昭和30年)下関市役所が貴船町から新築移転。
1956年(昭和31年)昭和29年に編入されていなかった西南部町・東南部町を全域統合。
1966年(昭和41年)南部町の一部が名池町となる。同時に関後地村、唐戸町から一部を編入。
1975年(昭和50年)下関東郵便局が山の田東町に移転。その後旧舎は下関南部町郵便局となる。
1986年(昭和61年)下関商工会議所が田中町から移転し南部町に商工会館を建設。小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる。
施設
下関市議会/下関市役所/下関商工会議所商工会館/長府国分寺/専念寺/酉谷寺/大国神社/菅原神社/旧秋田商会ビル/下関南部町郵便局
出身・ゆかりのある人物
秋田三一(貴族院議員、山口県多額納税者、材木商、海運業) - 秋田寅之介の養子。
秋田寅之介(資産家、衆議院議員、下関市会議長、秋田商会社長) - 東南部町に居住した。
秋田松次郎(山口県多額納税者、運送業、回漕業及旅館兼委託物品問屋) - 秋田寅之介の養父。
林助之進(山口県多額納税者、大助商店、荒物商、林平四郎の養兄) - 東南部町に居住した。参考文献
『日本現今人名辞典』日本現今人名辞典発行所、1903年。
『全国五十万円以上資産家表 時事新報社第三回調査』時事新報社、1916年。
交詢社編『日本紳士録 第35版附録』交詢社、1931年。
関連ページ
【参考】
町域名に「南部町」が含まれている住所一覧
都道府県 | 市区町村 | 町域. |
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26京都府 | きょうとしふしみく京都市伏見区 | なんぶまち南部町 |
35山口県 | しものせきし下関市 | なべちょう南部町 |
43熊本県 | くまもとしひがしく熊本市東区 | かみなべまち上南部町 |
44大分県 | ひたし日田市 | なんぶまち南部町 |
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